国内の金利が上昇しているにもかかわらず円安が進むという、一見すると不自然な市場現象が続いています。その背景として市場で意識されているのが、日米両国の財政悪化懸念が国債利回りを押し上げる「財政プレミアム」の存在です。従来の教科書的な『金利高=円高』の方程式が崩れ、国家の借金膨張が招く『悪い金利高と円安の相乗効果』をどのように捉えるべきか考えてみましょう。
「金利上昇なのに円安」という歪み
日銀の政策金利引き上げや長期金利の上昇が進む一方で、ドル円相場は地裁額リスクによる有事のドル買いもあいまって1ドル=163円台まで上昇しています(図表参照)。「金利が上がれば円高になる」という従来の常識に反する動きに、戸惑いを覚えているマーケット参加者も少なくないでしょう。この相場を読み解く上で重要なキーワードが「財政プレミアム」です。

国債は本来、最も安全性の高いリスクフリー資産として扱われます。しかし、政府支出の拡大や財政健全化への取り組みが後退し、国の債務拡大への警戒感が強まると、投資家は国債を保有する見返りとしてより高い利回りを求めるようになります。この追加的に求められる利回りが「財政プレミアム」です。
つまり、国債が売られて長期金利(利回り)が上昇しても、それが必ずしも景気拡大や健全な資金需要を反映しているとは限りません。財政リスクの高まりが金利上昇の背景にある場合、市場では通貨への信認低下も同時に意識されやすくなります。
足元のドル円相場(図表参照)を見ても、政府・日銀による複数回の為替介入にもかかわらず円安基調は大きく変わっていません。市場が注目しているのは単なる日米金利差だけではなく、「財政プレミアム」を押し上げる財政の持続可能性への懸念とも考えられます。
日米で同時に高まる財政リスク
こうした「財政プレミアム」が意識されているのは日本だけではありません。米国でも軍事支出の拡大や大型財政政策を背景に財政赤字の拡大が見込まれ、国債増発への懸念から米長期金利が上昇する場面が目立っています。
通常であれば米金利上昇はドル買い要因ですが、その背景に財政悪化への懸念がある場合には、景気減速や株価調整への警戒感も高まり、市場全体の不確実性を強める要因にもなります。
日本でも積極財政や財源の裏付けが十分に示されていない減税・投資政策などを背景に、新発10年物国債利回りが2.9%台まで上昇する局面がありました。市場では、長期金利に織り込まれる「財政プレミアム」が一時0.6%から1.0%ポイント近く押し上げられたとの試算もあります。
さらに長期金利が3%を超えて定着するような局面では、名目経済成長率が金利を上回ることで債務残高が安定しやすいとされる、いわゆる「ドーマー条件」の維持が難しくなるとの見方もあります。そうなれば、財政の持続可能性に対する市場の視線は一段と厳しくなるでしょう。
こうしたなか、このほど政府が閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2024(骨太の方針)」では、2025年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標が維持されました。しかし、防衛費増額や少子化対策など歳出圧力は根強く、具体的な財源確保の道筋については不透明感が残ります。市場は、この「骨太の方針」が示す財政再建の「本気度」を推し量っており、実効性のある策が示されなければ、財政リスクへの懸念は拭えず、さらなる「財政プレミアム」の上昇を招く可能性があります。
ここで、「日米双方で財政懸念が高まっているのに、なぜドル安ではなく円安が進むのか」という疑問も生じるでしょう。確かに米国の財政悪化懸念は、長期的にはドルの信認低下につながる要因です。しかし、足元の為替市場では、それを上回るドルの支援材料が存在しています。基軸通貨としての「安全資産」性に加え、相対的に高い経済成長率や、FRBが高金利を維持していることがドルを支える要因となっています。また、米国の金利上昇には、財政赤字だけでなく、底堅い景気やインフレへの警戒を反映した側面もあります。
一方、日本の金利上昇は、景気回復による自然な上昇というよりも、財政悪化や国債需給への懸念を背景とした「悪い金利上昇」と受け止められています。そのため、日米双方で財政リスクが意識される局面でも、市場では相対的に日本の財政リスクや円の信認低下が強く意識され、円安・ドル高の流れが維持されていると考えられます。
仮に日本の長期金利がさらに上昇し、財政リスクへの警戒感も強まるようであれば、金利上昇による利払い負担の増加と円の信認低下が重なり、ドル円は一段の円安圧力を受ける可能性があります。同時に、為替市場の変動率(ボラティリティ)の高まりにも十分注意が必要です。
マーケット参加者にとって重要なのは、政策金利の変更だけを追うのではなく、その背後で変化する「財政プレミアム」を意識することです。「金利高=円高」という固定観念だけでは捉えきれない局面に入っている今、財政リスクが通貨の信認や為替相場へ与える影響を併せて見極めることが、今後の相場を読む上で重要な視点となります。



