米国の医療支出が突出して高い理由は、薬価制度にあり
米国と言えば、先進国で最も医療費が高い国として知られます。
チャート:2020年の1人当たりの医療支出、米国は1.2万ドル(約160万円)と突出して高く、日本は3,300ドル(厚生労働省によれば約32万円)の4倍近くにのぼる
その理由のひとつは、高額な薬剤価格にあります。以前、米国の薬価制度が元凶です。日本などと違って薬価をめぐり政府が介在せず、基本的には製薬会社の言い値で販売することが可能です。そうなれば支払う側が破綻してしまうというわけで、代わりに民間の薬剤給付管理会社(PBM)が医薬品のコストを抑えたい医療保険会社、企業などと契約を交わし、規模の強みを活かし製薬会社と価格交渉を行い、適正価格を導き出します。
製薬会社がなぜPBMとの価格交渉に応じるかと言えば、PBMが保険対象となる推奨医薬品リスト(フォーミュラリー)を作成・管理するためです。製薬会社は開発した薬剤を幅広く流通し売上に繋げたいわけですが、PBMの推奨医薬品リストに掲載されなければ、無保険つまり全額負担を受け入れる患者にしか販売できませんよね。そこで、製薬会社はPBMとの交渉を通じ値下げを行い、売上に対しPBMにリベート(割戻金)を支払います。
チャート:PBMの役割
PBMは推奨医薬品リストを作成・管理するわけですが、1990年代以降に後発医薬品が米国で普及したのは経済性・適正価格を重視する彼らの存在が大きかった。米国での後発医薬品の市場シェアはというと、2018年に流通量ベースで81%とトップでした。OECD諸国平均の56%、日本の35%を大きく上回ります。保険が適用しない医薬品の上値が天井知らずとあって、推奨医薬品リストに掲載される手頃な後発医薬品は米国人にとって文字通り家計にとっても命綱になっているというわけです。それでも、慢性骨髄性白血病の治療薬”イマチニブ”の場合で、通常の小売価格は100㎎で2,502ドル(33万円)と、高額なことに変わりありませんでした。
著名投資家の後発医薬品販売サイトは、家計応援団?
薬価問題はクリントン政権から現在に至るまで問題視されていましたが、これを解決すべく著名投資家マーク・キューバン氏が1月にオンライン後発医薬品販売サービス「マーク・キューバン・コストプラス・ドラッグ・カンパニー(MCCPDC)」を立ち上げたのです。MCCPDCでは、後発医薬品をメーカー出荷額に15%、薬剤師への手数料3ドルを上乗せして販売します。注目はこの上乗せ分で、MCCPDCによれば、後発医薬品のマークアップ率つまり販売価格と原価の比率は平均でなんと、100%つまり2倍なんですって。酷い場合、マークアップ率は20倍に及ぶといいますから恐ろしい。しかし、先程の”イマニチブ”の小売価格は2,502ドルのところ、MCCPDCでは14.4ドルに抑えられるだけに、まさに家計応援団ですよね。
画像:MCCPDCのサイトによれば、同じ後発医薬品でここまでお得に
(出所:MCCPDC)
画像:スタートアップ企業の投資などで巨万の富を築いたマーク・キューバン氏
(出所:Gage Skidmore/Flickr)
処方箋業界を破壊するかのようなサービスを展開するものの、普及するには課題を残します。まず、取り扱う後発医薬品が100種類程度なんですね。さらに言えば、保険適用外のため自費となってしまいます。フォーブス誌は2月、MCCPDCの仕組みに大きな疑問を投げ掛けたものです。
そもそも、PBMは処方箋薬の8割を担い、そのうちエクスプレス・スクリプツ、CVSヘルス、オプタムRxなど大手3社で約7割を占めます。CVSヘルスなど薬局チェーンを傘下に置いているほか、オプタムRxなど医療保険大手ユナイテッドヘルスが親会社になっている場合もあり、寡占状態に風穴を開けるのが極めて難しい事情も。だからこそ消費者が思うように薬価の引き下げは進まず、5月後半には”PBM透明性拡大法案”が上院の超党派で提出されていました。
課題を抱えるとはいえ、6月8日付けのニューズウィーク誌ではMCCPDCに助けられた喜びの声が上がっていました。ちなみにNBAのダラス・マーベリックスのオーナーでも米国版”マネーの虎(米国:シャーク・タンク)”で知られるマーク・キューバン氏、2022年の純資産は47億ドルで米国長者番付では247位なんですよ。薬価引き下げを狙って奇策を弄するなんて、ある意味でノブレス・オブリージュを体現したかのようです。