NHK大河ドラマ「どうする家康」では夏場にかけて、主人公である徳川家(および織田家)と甲斐・信濃の雄、武田家との戦いが繰り広げられています。
歴史年表にして1575年から1580年前後の出来事です。既に高い知名度を持つ武田信玄公は亡くなり、その息子、武田勝頼が家臣を集めて、節目には「御旗楯無 御照覧あれ」と声高に叫びます。
決まったことは有無を言わさず従え、の合図
実は武田家はこの当時、揺るぎない指揮命令系統を築いてはいませんでした。対外的に武田家を代表する有力家臣は甲斐(現在の山梨県)、信濃(現在の長野県)の有力な国人であり、意思決定にも一定程度の発言権を有していました。
惣領である武田家としては通常の意思決定には国人の意見を十分に参考とするものの、外圧時などはそうはいっていられない事態も発生します。敢えて雑な言葉を使うと「ぐちゃぐちゃ言っていないで言うこと聞け」という状況です。その時にこの「御旗楯無 御照覧あれ」を武田家の惣領が叫ぶと、それが対外的な先頭集団の統一した意思決定になり、実行されます。
NHKドラマではかの有名な長篠の戦いにおいて、武田勝頼がこの言葉を用い、織田信長の仕組んだ馬防柵に突撃しました。そこには代わる代わる発射できる鉄砲隊が控えており、武田家は壊滅的な被害を受けます。突撃戦術に反対した古来の家臣も、最終的には御楯の言葉に従い、打ち死を遂げたとされています。
部分最適は意思決定の大きな敵
特に外圧が強く圧し掛かっている状況において、小中規模の集団が自分のところに最適といえる選択肢を固持し、全体での統率が取れなくなることは意思決定の大きな敵とされてきました。現在においても主に軍事的組織が意思決定に対する反論を許さないのは、このような外圧に対し、部分最適による混乱が最大のネックという共通認識があるためです。
翻って昨今も鶴の一声という言葉があるように、一人の権限所有者の意志を貫き通すことは変わらず可能です。会社構成としてオーナー社長という言葉があり、意思決定を貫き通して成功した事例もあれば、失敗したケースもあるでしょう。前者は成功譚として語り継がれますが、興味深いのは後者の失敗学の方かもしれません。ただ、昨今に比べて御旗の宣言は難しくなっているようにも感じます。
上場企業経営者は戦国大名?
上場企業であれば世間をあっと言わせるような大胆な策には、即座に株価が反応します。比叡山延暦寺の焼き討ちが報じられると、織田家の株価は著しく急落したことでしょう。株主代表訴訟になるかもしれません(このあたりはジョークとして受け入れられることを願います)。
仮に御楯と叫んで突撃しても、真の勝負どころはその後の定時株主総会かもしれません。一団をまとめた経営者が、株主の質問に守勢にまわります。そう考えると上場企業の経営者は、決して100万国の戦国大名ではないのかもしれません。
非上場だからといって、無条件で貫き通せるものではありません。取引先や株主など、意思決定に従属義務のないステークホルダーから反対の意志が表明される可能性もあるでしょう。戦国時代ならば領地領民や、今日の都の噂話がリアルタイムで大名の耳元へと届く事態でしょうか。
SNSという新手の株主総会
昨今において、何より怖いのはSNSです。意見を発信することは著しく簡単になり、かつ責任を問われなくなりました。会社経営に対しては憧れからか饒舌な人も多く、上場のみならず非上場の経営者も対象として、無記名による意見が集まります。
以前から会社の経営に対する指摘は発言責任があり、あまりに非現実的な、突拍子も無い意見は発言者が否定され、経営者による対応も不要なものでした。ところが最近は発言するハードルも著しく下がり、自由化しています。いわば経営者にとって、SNSは何も予防策を整備していない新手の株主総会と映るのでしょうか。
もちろんこの状況は健全ではありません。兼ねてより逆張りに抵抗感のある日本において、一部の勇気ある者の突破力が否定されてしまえば、新たなイノベーションは誕生しません。個人に対してSNSを使った侮辱や人権否定は法律による規制が広まってきましたが、法人への意見については今後も当面取り締まりの対象になることはないでしょう。
SNSの無根拠の指摘に経営者が一つ一つ反応する必要はありませんが、経営者として会社もステークホルダーも外野もSNSもすべて巻き込んで意思決定をすることは難しくなっていると筆者はドラマを見ていて感じました。
前提として戦国時代のように、失敗したからと言って我々は生物学的な命を取られるものではありませんが、「失敗したから次に期待!」という社会でもありません。失敗すると一定の潜伏期間?を要する社会ならば、より意志を貫くのは難しいのではないかと感じます。
往時に思いを馳せながら、今だったらこの仕組みはどうなるかを考えることもまた、1つの歴史探索になるかもしれません。