中国の「力による現状変更」の脅威、米国大学にも波紋

ペロシ氏、バイデン政権の牽制や中国の警告を跳ね除け訪台


ナンシー・ペロシ氏は8月2日、1997年以来、25年ぶりに台湾を訪問した歴史上2人目の下院議長として、その名を刻みました。ペロシ氏は対中強硬派で知られ、天安門事件が発生した2年後には訪中し、抗議活動を展開。英語と中国語で「中国の民主化のために亡くなった方々へ」と書かれた横断幕を持つ姿は、今でも語り草です。


そのペロシ氏は82歳で、11月8日の中間選挙で民主党が下院で野党に転じれば議長職を退かざるを得ず、引退も囁かれる状況です。ペロシ氏の訪台は、対中強硬派としての自身のレガシー作りの側面があったことでしょう。


何より、ロシアによるウクライナ侵攻で、中国が「力による現状変更」に訴えかねません。従って、ペロシ氏が訪台時に公表した声明通り、「台湾を見捨てない」米国の意志を強調する必要性もあったことでしょう。当初、バイデン大統領はペロシ氏の訪台を支持せず、説得を試みたとされています。最終的には国家安全保障会議のカービー戦略広報担当調整官が「下院議長には訪台の権利がある」と発言した通り、三権分立を重視し容認せざるを得なかったとみられますが、台湾へのコミットを明示する重要性にも配慮したのでしょう。


画像:ペロシ下院議長「経済の結びつきを深め、安全保障での協力関係を強め、民主主義の価値を守り、共有する」

(出所:Nancy Pelosi/Twitter


ペロシ氏、バイデン政権の牽制や中国の警告を跳ね除け訪台


そもそも、中国による台湾海峡への威嚇は、バイデン政権発足後に勢いを増していました。戦闘機が連日、大挙して台湾の防空識別圏(ADIZ)に進入し、21年夏には極超音速ミサイルの試験発射を行った疑惑が報じられたものです。


状況が刻々と変化するなか、同じ時期にこれまで中国を歓迎していた米国の大学も、路線変更を余儀なくされていました。


ハーバード大学は毎年、北京で中国語講座「ハーバード北京アカデミー」を展開してきました。しかし、2021年10月7日に、2022年から台北に変更し名称も「ハーバード台北アカデミー」にすると発表したのです。理由として「開催側から友好的な姿勢が失われたため」と説明しています。


トランプ前政権では20年8月に孔子学院を「中国政府が展開する世界規模のプロパガンダや悪意を広める機関」と指定、実態把握目的を一因に外国公館とし、締め付けを図りました。20年末には、米国内の小中高大など教育機関に、孔子学院と契約・提携した場合の金額を含む報告を義務付ける規制強化を提案したものです。バイデン政権に入ってからは、21年1月26日に外国公館の指定をめぐる行政命令が取り下げたとはいえ見直しを進めているとされ、ハーバード大側は先回りして中国との関係を再評価したに違いありません。


振り返れば、米中央情報局(CIA)のバーンズ長官も、就任前の21年2月に行われた指名公聴会で孔子学院への監視強化に意欲を表明。10月7日には、CIA内の中国専門のハイレベルな調査部門チャイナ・ミッション・センターを設置したと発表、中国をカギとなる競争相手と掲げ「中国が世界にもたらす困難に取り組むべく、CIAのすべての任務分野を横断する」機関と言及していました。さらにバーンズ長官は「我々が21世紀に直面する最も重要な地政学的リスクであり、敵対的な姿勢を強める中国政府への活動を一段と強化する」と。


ちなみに米上院は21年3月4日に孔子学院への監視強化に関する法案を全会一致で可決、下院が採決していないため成立していませんが、3.5兆ドルの歳出案をめぐり決着がつけば動きが出てもおかしくありません。

 

画像:全米に散らばる孔子学院、2021年9月時点の36校→22年7月に22校へ減少

(出所:NAS


孔子学院に取って代わる台湾語学センター


興味深いのは、孔子学院への監視強化を見据えた台湾のスピーディーな行動です。

 

台湾は孔子学院の勢力低下の間隙を突き攻勢を掛けており、21年9月にカリフォルニア州など複数州にまたがり台湾語学センター(Taiwan Center for Mandarin Learning)を15校立ち上げました。3~5年以内に100校を目指すといいます。米国以外にも、虎視眈々と世界進出を狙います。

 

果たして米国は、台湾にアカデミックの分野で密接に協力していくのでしょうか?21年1月17日付けの台北タイムズは、実質上の米大使館にあたる米国在台湾協会のクリステンセン事務所長(当時)が、台湾に孔子学院の代わりとなるよう進言したと報じていました。

 

何より、21年9月24日に開催されたQUADの共同声明で掲げられた7つの協力分野には、「人的交流と教育」を挙げていましたよね。ファクトシートによれば米国内での奨学金プログラムが軸となるだけに、QUADに含まれない台湾の取り組みを推進する可能性は低く、インド太平洋経済枠組み(IPEF)にも参加できませんでしたが、少なくとも教育機関における台湾との関係強化は青信号とみなされるのでしょう。


ストリート・インサイツ

金融記者やシンクタンクのアナリストとしての経験を生かし、政治経済を軸に米国動向をウォッチ。NHKや日経CNBCなどの TV 番組に出演歴があるほか、複数のメディアでコラムを執筆中。

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