先日、パスポート申請をするために本籍の証明書が必要になり、市役所に赴きました。住民票や課税証明がコンビニで取れるようになったなか、本籍地でのみ取得することができた戸籍証明書は「最後の砦」でした。現住所と本籍地が遠く離れている人も多いためです。
最後の砦を崩した戸籍証明書の広域交付
戸籍証明はその重要性と、各市区町村で個別にシステムを構築していることから、相互に連携できないものとされてきました。そのような「できないことが当たり前」に対しても、行政DXは進みます。令和6年3月から「戸籍法の一部を改正する法律」が施行され、本籍地以外でも戸籍証明書を発行できるようになりました。
なぜ相互に連携していないシステムが法律の制定で発行可能になるのかは、敢えて指摘しないようにしましょう。あらたに制定される法律には、不可能を可能にする力があることがわかります。
筆者は東京都内居住ですが、現住所と2009年の結婚時に変更した本籍地とは40km離れています。自転車で気軽に行ける距離ではありません。ただ、仮に結婚していなかったとすると、本籍地は出身地である北海道です。戸籍証明書を得るために、実家帰省となっていたでしょう。両親に受け取って送ってもらう必要がありますが、日本の行政は代理人による手続きがきわめて面倒で定評があります。
実際にこれまで、結婚や年金受給、そして相続などライフプランにおいて戸籍謄本が必要になる局面では、「戸籍謄本を発行してもらうためだけ」に赴くことも多いものでした。制度上、郵送での請求は可能でしたが時間的制限があるものと、そもそも郵送の制度が周知され切っていないため、「本籍を取るには赴かなくてはならない」という理解が多いものでした。
進む行政DX
本籍証明を最寄りの市役所で発行してもらうことができる。このインパクトは、とても大きいものでした。そのほかにも現在、このような行政DXが各所で進んでいます。健康保険証との統合が批判の対象になるマイナンバーカードですが、スマートフォンで期限更新ができるなど、利用者の満足度は高いものです。今後はAIの急激な発展と導入も手伝い、各所で省人化も進んでいくことでしょう。「便利になったなあ」と思い市役所に赴くと、大混雑に迎えられました。
「広域証明がわかりにくい」と叫ぶ夫婦
筆者の赴いた市民課は長蛇の列で、ちょうど私の前も戸籍の広域証明を希望する方でした。後ろに並ぶと、隣の人に対して怒鳴っているのがわかります。話を聞くと、広域証明書の手続きがわかりにくいとのこと。どうやら広域証明は導入直後で、一般の戸籍証明書発行用紙のところには並んでいませんでした。つまり、表に出ている戸籍証明は使わないと自分で判断して、窓口に問い合わせる必要があります。本籍の広域発行が始まった事実を受け、「どんなふうに案内すればいいのか」を協議するアナウンスもなく、混雑のなか向かい入れます。
そうです、怒られていたのは市役所の担当職員でした。混雑の理由も、1人の顧客に担当者が独占され、ほかの案内が立ち行かなくなっていたことが理由のひとつでした。なぜそんなに気を荒立てているのかと疑問に思いましたが、理由はすぐに判明します。5mほど離れた席で、その方の配偶者と思われる男性が、「いつまで待たせるんだ」と並んでいる配偶者を怒鳴っていました。行政DXに不慣れな窓口と、公共サービスが当然と思っている人の行動が成す状況です。
行政DXと身に着けたいリテラシー
明らかに進む行政DXに疲弊する現場と、公共サービスについて高飛車にしてもいいという考え方が問題を起こしています。そもそもこれだけ混雑しているのだから、対応が順次なのは当たり前のはず。主体的に「遅い」と叫んだところで何も変わりません。年代論をするつもりはないですが、若い人にあまり騒いでいる人はいない印象があります。そして何より、担当者を詰めたところで何も変わらないばかりか、それは許されない行為です。
行政DXはとても難しいものです。さまざまな背景を持つ方に対し、最適なアナウンスをしなければなりません。デザイン性の高いページを作成すれば大筋が理解する人もいる一方で、担当職員を荒ぶる感情の受け手にして対応しなければなりません。西欧のある国では行政DXのデジタル化に対し、「一定の説明のうえでの例外対応はしない」と表明したことが話題になりました。日本で同様の対応をするのは難しいですが、為政者は割り切って進めないと、行政の仕事を担う人材は次々と疲弊してしまいます。
救いがあるのは、都市部の自治体をはじめとした、「カスタマーハラスメント」への問題意識が高まっていることです。本来の対象範囲を逸脱した要求や、非合理な感情への対応を行政職員が担う時代ではありません。行政DXの浸透のなかで継続し、より厳しく対応することを願います。