6月の労働参加率は低下も、平均時給は年初来で最低の伸び
米6月雇用統計は、非農業部門就労者数(NFP)が前月比37.2万人増と堅調なペースを維持し、失業率は4ヵ月連続で20年2月以来の低水準でした。一方で、労働参加率は小幅ながら低下し労働不足に瀕しながら、平均時給は前年同月比を3ヵ月連続で下回るなど、賃上げ加速の動きにはピークアウト感が漂います。
では、業種別や性別や人種、学歴などではどうなったのか、詳細は以下の通りです。
〇業種別、生産労働者・非管理職部門の平均時給
生産労働者・非管理職(民間就労者の約8割)の平均時給は前月比で0.5%上昇、前月の0.5%(0.6%から下方修正)と変わらず。前年同月比は5月に続き6.4%上昇し、管理職を含めたヘッドラインと同じく年初来で最も低い伸びを維持した。
業種別を前月比でみると、同部門の平均時給の伸び0.5%以上だったのは13業種中で5業種にとどまり、前月の速報値7業種を下回った。今回の1位は鉱業・伐採と金融(0.8%上昇)、3位は専門サービス(0.7%上昇)、4位はその他サービスと健康(0.5%上昇)が入った。雇用の伸びが20年2月比でプラスとなっている輸送・倉庫の他、人手不足が指摘される娯楽・宿泊などはそれぞれ0.1%、0.2%の上昇にとどまった。
〇労働参加率
労働参加率は62.2%と前月の62.3%から低下、2020年3月以来の水準を回復した3月(64.4%)から一歩遠のいた。働き盛りの男性(25~54歳)をみると軒並み低下し、労働市場の質の改善にブレーキが掛かった。以下は全米男性が季節調整済みで、白人は季節調整前となる。
・25~54歳 88.4%、5ヵ月ぶりの低水準<前月まで3ヵ月連続で88.7%、2月は88.8%と20年3月以来の高水準、20年2月は89.1%
・25~54歳(白人) 89.2%、5ヵ月ぶりの低水準<前月は89.6%、3月は90.0%と20年3月(90.3%)以来の高水準、20年2月は90.6%
・25~34歳 88.9%、3ヵ月ぶりの89%割れ<前月は89.2%、19年11月以来の高水準
・25~34歳(白人) 89.7%、4ヵ月ぶりの90%割れ<前月は90.1%、3月は90.5%と20年2月(90.7%)以来の高水準
男性と同じく、働き盛りの女性の労働参加率はそれぞれ低下した。
・25~54歳 76.4%<前月は76.5%と20年2月(76.8%)以来の高水準
・25~34歳 77.3%<前月は78.4%と20年1月以来の高水準
65歳以上の高齢者の労働参加率も、男女ともに前月から低下した。
・男性 23.3%、21年7月以来の水準へ低下<前月は23.7%、2月は24.3%と20年2月(25.2%)以来の水準を回復
・女性 15.1%、21年8月以来の低水準に並ぶ<前月は15.4%、21年12月は15.9%と20年3月(16.1%)以来の水準を回復
〇男女別の労働参加率と失業率
男女別の労働参加率は、そろって低下した。男性は前月の67.8%と年初来で最低となり、女性は56.8%と20年3月(57.1%)以来の水準を回復した前月の57.0%を下回った。
男女の失業率は前月と変わらず、3.6%だった。男性は20年2月の水準(3.5%)にあと一歩のところでとどまっている。女性は4月に3.5%と20年2月の水準(3.4%)に接近した後、2ヵ月連続で下げ渋った格好だ。
人種別の動向を紐解く前に、人種別の大卒以上の割合を確認する。2010年と2016年の比較では、こちらの通りアジア系が突出するほか、白人が全米を上回る一方で、黒人とヒスパニック系は全米を大きく下回っていた。
人種別の労働参加率は、全体的に横ばいあるいは低下した。白人は3ヵ月連続で変わらず。ヒスパニック系は20年3月以来の水準を維持した。一方で、黒人は20年2月以来、アジア系は再び19年10月以来の水準から低下した(なおアジア系は、21年10~11月に65.3%と2012年12月以来の高水準を記録)。
・白人 61.9%、3ヵ月連続=前月は61.9%、3月は62.3%と2020年3月(62.6%)以来の水準を回復、20年2月は63.2%
・黒人 62.2%<前月は63.0%と20年2月(63.2%)以来の高水準
・ヒスパニック系 66.5%、20年3月(67%)以来の高水準を維持=前月は66.5%、20年2月は68.0%
・アジア系 64.4<前月は64.9%と19年10月以来の高水準
・全米 62.2%<前月は62.3%、3月は62.4%と2020年3月(62.7%)以来の水準を回復、20年2月は63.3%
人種別の失業率は、低下が優勢だった割りにまちまち。白人は労働参加率が3ヵ月連続で横ばいだった一方で失業率は上昇し、アジア系も労働参加率が低下したにも関わらず失業率は上昇した。ヒスパニック系は、労働参加率が横ばいだった動きに合わせ前月と変わらず。黒人のみ、労働参加率の低下に合わせ失業率は低下した。
・白人 3.3%>前月は3.2%と20年2月(3.0%)以来の低水準
・黒人 5.8%、19年11月以来の低水準<前月は6.2%
・ヒスパニック系 4.3%=前月は4.3%、4月は4.1%と19年10月(4.0%)以来の低水準
・アジア系 3.0%>前月は2.4%と19年4月以来の低水準
・全米 3.6%、4ヵ月連続で20年2月(3.5%)以来の低水準=前月は3.6%
〇学歴別の労働参加率、失業率
学歴別の労働参加率は、中卒のみ上昇し高卒は横ばい、大卒以上は低下した。
・中卒以下 44.7%>前月は44.0%と21年5月以来の低水準、2月は46.8%と20年2月(47.8%)以来の高水準
・高卒 56.8%、4ヵ月連続=前月は56.8%、1月は57.2%と20年2月(58.3%)以来の水準を回復
・大卒以上 73.1%<前月は73.3%と20年1月以来の高水準
・全米 62.2%<前月は62.3%、4月は62.4%と20年3月(62.7%)以来の高水準、20年2月は63.3%
学歴別の失業率は、上昇が優勢。労働参加率が著しく改善した中卒で上昇したほか、労働参加率が低下したにも関わらず大卒と大学院卒以上は上昇した。労働参加率が横ばいだった高卒は、低下した。
・中卒以下 5.8%>前月は5.2%と3ヵ月ぶりの低水準、2月は4.4%と1992年の統計開始以来で最低
・高卒 3.6%、19年9月(3.5%)以来の低水準<前月は3.8%
・大卒 2.1%>前月は2.0%と20年2月(1.9%)以来の低水準
・大学院卒以上 2.2%>前月は1.8%、20年2月(1.7%)以来の低水準を維持、ただし21年12月は1.2%と1992年1月の統計開始以来で最低
・全米 3.6%、4ヵ月連続で20年2月(3.5%)以来の低水準=前月は3.6%
--米6月雇用統計の詳細のポイントは、以下の通り。
①生産労働者・非管理部門の平均時給の水準を上回った業種は前月の7業種から5業種へ減少→ヘッドラインと合わせ平均時給の伸びに鈍化の兆し
②労働参加率は働き盛り世代の男女、65歳以上で押しなべて低下→人手不足ながら労働者が減少しつつ、平均時給の伸びは鈍化
③男女ともに労働参加率は低下したものの、失業率は横ばい→労働市場から労働者が去った割りに、失業率は改善せず
④白人は労働参加率が横ばいだったにも関わらず、失業率は上昇→白人の間で労働市場の改善にブレーキ
⑤学歴別では、大卒以上の労働参加率が低下したにも関わらず、大学院卒で失業率が上昇→高学歴職で雇用拡大ペースが鈍化か
特に⑤に関して言えば、こちらでご紹介したようにテクノロジーや金融、ヘルスケアなどで米6月人員削減予定数が前年比で増加していた結果と整合的です。
NFPの堅調な増加ペース、「誇張されている」疑惑
以上の結果とは別に、もう一つ気になる数字があります。そもそも、雇用統計は事業所調査(NFPや平均時給、週当たり労働時間など、CES)と家計調査(失業率や就業者数、労働参加率など、CPS)に分けられます。これらのうち、事業所調査のNFPは、給与データを基にするため複数の職を持つ労働者を職ごとにカウントします。一方で、家計調査の就業者は、聞き取り調査であるため複数の職を持つ1人としてカウントするという違いがあります。実際、米労働統計局は雇用統計のNFPに関し「複数の職を持つ場合は複数カウントされる」と説明しています。1999年のNY地区連銀のレポートで、NFPと家計調査における就業者が乖離する理由について「複数の職を持つ労働者が一因」と指摘していたことも思い出されます。
例えば、A氏がライターという本業とイラストレーターという副業を持っていたとします。NFPでは給与が別なので、2つの雇用としてカウントされます。しかし、家計調査の就業者では、1人が職を2つ持っていることになり、1人として数えられるというわけです。
これを踏まえた上で、6月の数字は以下の通り。
・事業所調査でのNFPは6月に前月比37.2万人増
・家計調査での就業者数は前月比31.5万人減
4~6月の3ヵ月平均は、以下の通り。
・NFPの3ヵ月平均は37.5万人増
・就業者数の3ヵ月平均は11.6万人減
ゴールドマン・サックスのヤン・ハッチウス首席エコノミストは、こうした結果を受けて「依然堅調なNFPは恐らく、実際の雇用の伸びを誇張していることを示唆」と分析します。
もう少し、深堀りしてみましょう。家計調査では、フルタイムとパートタイムの労働者は減少していました。しかし、複数の職を持つ労働者のみ前月比1.6%増の743.2万人に増加していたのですよ。複数の職を持つ労働者は季節調整前の数字ですが、就業者に占める割合も季節調整済みで4.8%と前月の4.6%を上回っています。
加えて、事業所調査で確認できる週当たり平均労働時間が伸び悩んだ点は注目です。
一因としては、人手不足を受けて企業が従業員の希望を受け柔軟な労働時間で対応していることが挙げられます。もうひとつ考えられるのは、複数の職を持つ労働者の増加ではないでしょうか?もちろん同じ日に働くとは限らないものの、労働時間は残業しづらいなど本業一本の労働者より短くなると考えるのが自然です。
家計調査(CPS)と事業所調査(CES)は別物とはいえ、以上を類推すると6月に限って言えばNFPの増加は複数の職を持つ者が支えた可能性は捨てきれません。何より、就業率が6月に59.9%と4ヵ月ぶりに60%割れだった一方で、NFPが前月比37.2万人増となった理由も、複数の職を持つ者の増加で説明できます。
米6月CPI後、7月の100bp利上げ・23年の利下げ前倒しの観測が高まる
このような数字を踏まえれば、労働市場は、米6月雇用統計発表後にNY地区連銀のウィリアムズ総裁が「信じられないほどひっ迫している」と表現した状態とは言い難い。6月FOMC直前に75bp利上げの観測気球を上げたウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のニック・ティミラオス記者、今度は「1972~74年に積極的な利上げでインフレ抑制に動きつつ、75年に利下げに転じインフレ再加速を招いたアーサー・バーンズFRB議長のような失敗を、パウエル氏率いるFedは回避する」との記事を配信しました。しかし、少なくとも市場はインフレ高進を示す米6月消費者物価指数(CPI)後も、そのように想定していません。
そもそも、J.P.モルガン・チェースはスワップなど債券市場動向に基づき、インフレが6月にピークアウトし、その後急速に鈍化を予想しています。加えて米6月CPI後、FF先物市場では7月26~27日開催のFOMCで100bpの利上げを織り込むなど年内はFedの積極的な利上げを予想しつつ、23年の利下げ転換予想が6~7月頃から3月に前倒しされました。実際に、景気後退懸念の高まりから、米2年債と米10年債の利回り格差は一時マイナス20bpを超え、2000年以来の水準へ拡大。FOMCがタカ派を維持する時間は、意外と限られそうな雲行きです。