米3月雇用統計は堅調な結果でも、黒人の労働参加率の上昇は“炭鉱のカナリア”か

米3月雇用統計は堅調でも、業種別で金融不安の影が差す


米3月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比23.6万人増と概ね市場予想通りで、堅調なペースを維持しました。労働参加率が改善したにも関わらず失業率が3.5%と前月の3.6%から低下しており、労働市場は引き続き健全なようにみえます。


チャート:NFPは鈍化も堅調なペースを維持、失業率は低下

 


しかし、NFPを業種別でみると引き続き娯楽・宿泊が3割を占め、偏りがみられます。その上、米銀破綻で揺れる金融は2カ月連続で減少しました。また、米3月ISM製造業景況指数が5カ月連続で分岐点を割り込んだだけでなくコロナ禍を除けば2009年以来の水準に落ち込んだように、財部門の雇用が23カ月ぶりに減少。建設が14カ月ぶりに減少に転じ、且つ製造業が2カ月連続で弱含んだためですが、特に建設は商業不動産ローンのデフォルトが懸念されるなか、黄信号が灯ったと言えるでしょう。なお、南部ミシシッビ州で大規模な竜巻が発生し23人が死亡しましたが、天候で働けなかった者はむしろ前月比で減少しており、米雇用統計への影響は限定的と見込まれます。


チャート:セクター別、就労者の増減

 


労働参加率は前述の通り、62.6%と2020年3月の水準にならぶ改善を示し、就業率も60.4%と前月の60.2%を超え、2020年2月(61.1%)以来の高水準を維持しました。


チャート:労働参加率や就業率、改善傾向

 


労働参加率の改善に合わせ、平均時給は前年同月比4.2%上昇、市場予想の4.3%を下回り2021年7月以来の低い伸びでした。労働者が市場に復帰する過程で賃上げ圧力が後退している様子を確認しています。


チャート:平均時給は、ゆるやかながら鈍化傾向

 


人種別で黒人の失業率が過去最低、それでも手放しで喜べない理由


人種別の労働参加率と失業率をみてみましょう。


人種別の労働参加率は、まちまち。特に黒人が2008年8月以来の高水準だったほか、白人も上昇。一方でヒスパニック系は横ばいだったほか、アジア系は低下した。

・白人 62.2%、前月まで3カ月連続で62.1%、なお22年3月は62.3%と2020年3月(62.6%)以来の水準を回復、20年2月は63.2%

・黒人 64.1%と2008年8月以来の高水準、前月は63.4%

・ヒスパニック系 66.8%と前月と変わらず20年3月以来(66.9%)の高水準、20年2月は68.0%

・アジア系 64.9%、前月は65.1%と22年8月(65.3%)以来の高水準で20年2月の64.5%超え

・全米 62.6%と2020年3月の水準に並ぶ、前月は62.5%、20年2月は63.3%


チャート:人種別の労働参加率、黒人が改善を主導

 



人種別の失業率は、白人を除き低下しました。特に労働参加率が改善した黒人が過去最低を更新したほか、労働参加率が横ばいだったヒスパニック系の失業率の低下が著しい。アジア系は労働参加率に合わせ低下。白人は労働参加率の上昇を一因に横ばいでした。


・白人 3.2%で前月と変わらず、22年12月は3.0%と20年2月(3.0%)に並ぶ

・黒人 5.0%と2019年8月の5.3%を下回り過去最低を更新、前月は5.7%

・ヒスパニック系 4.6%、前月は5.3%と21年10月以来の高水準、なお22年9月は3.9%とデータが公表された1973年以来の低水準

・アジア系 2.8%、前月は3.4%、22年12月は2.4%と19年6月以来の低水準に並ぶ

・全米 3.5%、前月は3.5%、1月は3.4%と1969年5月以来の低水準


チャート:人種別の失業率は白人を除き全て低下、特に黒人は過去最低を更新

 


白人と黒人の失業率格差は大幅縮小。黒人の失業率が大幅低下した一方で白人が横ばいだったため、失業率格差は1.8%ポイントとトランプ前政権で記録した19年8月の1.9ポイントを下回り過去最低を更新した。


チャート:白人と黒人の失業率格差、過去最低を更新

 



以上の結果を踏まえ、黒人の失業率が過去最低を更新した結果について、ワシントン・ポスト紙を始めブルームバーグなど大手メディアがヘッドラインに掲げていました。黒人の失業率が大きく低下し、且つヒスパニック系の失業率も前月比0.7%ポイントと大幅に低下した一因としては、賃金の低さが影響した可能性があります。


チャート:人種別の実質の週当たり賃金・中央値、四半期ベースでみるとヒスパニック系が最も低く、次いで黒人に

 


一方で、今回の失業率の改善を手放しで喜べない事実が2つ潜みます。1つは、過去の景気後退時の黒人とヒスパニック系の失業率の変化が挙げられます。景気後退入りした月を終点とした3カ月平均と景気後退が終了した月を始点とした3カ月平均を比較すると、過去のリセッション期は以下の通り黒人とヒスパニック系の失業率の上昇が顕著で、過去4回の景気後退の平均は白人が4.1%ポイントに対し、黒人は5.0%ポイント、ヒスパニック系は5.7%ポイントでした。


チャート:過去のリセッション、人種別の失業率の変化

 


もう一つは、黒人の労働参加率の上昇が挙げられます。ITバブル崩壊時や金融危機、コロナ禍の前の2019年にFedが予防的利下げを行っていた当時、黒人の労働参加率は改善し、さらに2019年当時と直近では白人の労働参加率を上回っていました。黒人の労働参加率が景気後退前あるいは景気後退期に上昇する理由としては、景気悪化前の先制措置と言えるでしょう。以上を踏まえると、今回の黒人における労働参加率の上昇は、景気が急減速する前の”炭鉱のカナリア”である可能性を残します。なお、白人の労働参加率の低下はベビーブーマー世代の引退が挙げられます。


チャート:黒人と白人の労働参加率 


NFPのセクター別で金融や建設が減少し金融不安への懸念が残るほか、人種別の動向では不穏な影が表れています。米労働市場におけるひっ迫は、FRBによる積極的な利上げを受け、着実にゆるみつつあるようです。


ストリート・インサイツ

金融記者やシンクタンクのアナリストとしての経験を生かし、政治経済を軸に米国動向をウォッチ。NHKや日経CNBCなどの TV 番組に出演歴があるほか、複数のメディアでコラムを執筆中。

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