米国市場では2020-21年に新規株式公開(IPO)が活発化し、特別買収目的会社(SPAC)を通じた上場も相次ぎましたが、2022年には金融引き締めや景気低迷を背景にIPO市場は一転して厳冬期に入ります。上場が見込まれていた有力新興企業の一角は冬眠に入ったように鳴りを潜めてしまいました。
2023年に入り、米国の金融引き締めサイクルが終盤に差し掛かっているとの見方も強まってきましたが、米国経済は依然として景気後退のリスクを抱えています。IPO市場の復調にも時間がかかるとの観測が広がる中で上場に踏み切ったのがコンシューマーヘルス製品の世界的な大手、ケンビュー(KVUE)です。
ケンビューは医薬品大手のジョンソン・エンド・ジョンソン(JNJ)の全額出資子会社でした。今回は分離上場という形を取り、正味調達資金がジョンソン・エンド・ジョンソンに支払われることになります。
ケンビューのIPO、21年11月上場のリビアン以来の規模
ケンビューは2023年5月4日にニューヨーク証券取引所に上場しました。公開価格は20.00-23.00ドルの仮条件の仲値をやや上回る22.00ドルで、初値は25.53ドルでした。
IPOの対象となったのはオーバーアロットメント・オプション(追加売り出し分)を含めて約1億9900万株。正味調達額は42億4100万ドルで、ケンビューに対するジョンソン・エンド・ジョンソンの出資比率は89.6%に低下しています。
ケンビューのIPO規模は2021年11月に上場した電気自動車(EV)メーカー、リビアン・オートモーティブ(RIVN)以来とされています。2020-21年は低金利下で新興株の株価が高騰し、リビアンの時価総額は初日終値の換算で約860億ドルに達しました。創業が20世紀初頭という「100年企業」のフォード・モーター(F)を上回りました。
ただ、その後は金融政策の変化などで市場の環境が激変し、特に2020-21年に鳴り物入りで上場したテクノロジー企業の株価が急落しました。株式市場が本格回復に至っていない中、満を持して登場したのが長年にわたり実績を積み上げてきたケンビューというわけです。
ジョンソン・エンド・ジョンソンの消費者製品部門が分離上場
ケンビューはジョンソン・エンド・ジョンソンのコンシューマーヘルス部門を担う企業です。ジョンソン・エンド・ジョンソンは、日本ではパーソナルケア製品で知られていますが、主力事業は医薬品です。
ジョンソン・エンド・ジョンソンの2022年12月期決算をみると、医薬品部門が売上高全体の55%、税引き前利益の68%を占め、医療機器部門が売上比率29%、利益比率20%でこれに次いでいます。
コンシューマーヘルス部門は売上高比率が16%、利益比率が12%にとどまりますが、パーソナルケア製品や一般用医薬品、衛生用品などを世界の165カ国以上で販売しています。
ケンビュー、世界のトップブランドが強み
ケンビューの事業部門は「セルフケア」「スキンヘルス&美容」「エッセンシャルヘルス」の3部門に分かれています。
2022年12月期の業績をみると、セルフケア部門の売上高は前年比7%増の60億3000万ドル、営業利益が7%増の20億8800万ドルでした。売上比率は40%、営業利益全体に対する比率が53%と中核部門です。
セルフケア部門は、かぜ薬や解熱鎮痛薬、胃腸薬などで構成されています。知名度の高いブランドは解熱鎮痛薬の「タイレノール」、抗アレルギー薬の「ジルテック」、禁煙補助剤の「ニコレット」などで、それぞれの分野で販売額が世界1位にランクされています。
スキンヘルス&美容部門は売上高が前年比4%減の43億5000万ドル、営業利益が19%減の7億800万ドルでした。売上比率は29%、営業利益全体に対する比率が18%です。
主力ブランドはボディローションやハンドクリームなどのスキンケア製品の「ニュートロジーナ」、シャンプーやコンディショナーなどヘアケア製品の「OGX」、ボディローションや保湿液の「アビーノ」などです。「ニュートロジーナ」と「OGX」はそれぞれの分野で世界トップクラスのブランドに位置づけられています。
バンドエイドは発売後100年経過、もはや普通名詞
エッセンシャルヘルス部門は売上高が前年比6%減の45億7000万ドル、営業利益が9%減の11億1100万ドルでした。売上比率は31%、営業利益全体に対する比率が28%です。
主力製品には薬用マウスウオッシュの「リステリン」、ベビーローションの「ジョンソン」、ばんそうこうの「バンドエイド」などがあり、いずれも世界トップクラスのブランドとして知られています。
このうち「バンドエイド」は1921年に発売された商品で、すでに100年が経過しています。普通名詞として広く使われていますが、不思議ではないのかもしれません。
ケンビューは世界で事業を展開し、日用品やトイレタリーの大手であるプロクター・アンド・ギャンブル(PG)やユニリーバなどと競合しています。地域別で最も売上高が多いのは北米市場で、2022年12月期の実績は前年比2%増の74億1800万ドルで、全体の50%を占めています。
北米の売上比率が50%、アジア太平洋は21%
欧州・中東・アフリカの売上高は7%減の31億8800万ドル、アジア太平洋が4%減の31億4600万ドルで、売上比率はそれぞれ21%です。中南米の売上高は13%増の11億9800万ドルと順調に伸びており、売上比率は8%でした。
ジョンソン・エンド・ジョンソンはケンビューの分離上場を機に医薬品部門と医療機器部門に重点を置く方針を示しています。ケンビューは当面、ジョンソン・エンド・ジョンソンが築いたブランドの力で収益を確保できそうですが、自力で商品力やブランド力を高められるかどうかが今後の焦点になりそうです。