2023年5月5日の日本経済新聞が、インターネット上で公的遺言を作成する仕組みづくりに向けて動き出したと報じました。
少子高齢化社会において相続を含めた終活は大きな市場です。2015年に相続税法が改正され基礎控除が大きく下がった際には、テクノロジーを使ったサービスが次々と生まれました。
ところが約10年が経過した現在も、広く浸透したサービスは生まれていない印象です。そんななかで紙面を飾ったデジタル遺言の記事は、関係者を十分に沸騰させるものでした。
国内随一のテック遅れ領域は変わるか
実は筆者も早期相続を実現するためのサービスを現在も稼働させています。当事者として感じることは、相続や終活領域は国内随一のテック遅れ領域であるという認識です。金融庁をはじめとしたAPI化の波、不動産テックの活発性と領域は近いのですが、進度において大きな壁がある印象を持ちます。
法務省を主とした当局や金融機関、相続を扱っている士業などは総じて最新鋭のテックサービス導入に懐疑的です。金融機関のなかには個人情報の流出を名目にメールアドレスを付与されていない営業マンもいるほど。その方にデジタル化を唱えても、車が空を飛ぶより可能性がありません。
そんななか、一足ならぬ何足も飛んで報じた今回の日経のニュースです。実際読んでみるとサービス開発ではなく、サービス開発に向けた関係者の招集という、何とも観測気球的な報じ方ですが、それでも大きく動いていることは間違いありません。
デジタル遺言が浸透すると何が変わるか
2023年現在の公的遺言は自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類です。自筆と公証は遺言を被相続人が保存するか、それとも公証役場に預けておくかの違いであり、秘密証書は遺言の内容を秘密にしておくことです。
自筆と秘密は類似していますが、遺言を作ったことを誰とも共有していないのが自筆証書遺言、遺言を作ったという事実を公正証書に残しておくのが秘密証書遺言です。
現時点ではこれらの各形態のうち、どの遺言がどのようにデジタル化されるかは不明です。国や主導であることから、遺言を預かる公証役場や、また管轄当局である法務局にデータベースが作成され、各人が作成した遺言がAPI等の仕組みで共有されることも想定できます。
既にグランドデザインが出来上がっているというよりも、これから関係者を巻き込んでいくという段階でしょうか。
デジタル遺言は投資対象となるか
ではデジタル遺言に挑む挑戦者たちは投資家にとって、投資対象となり得るでしょうか。筆者は、取り組む先が上場企業と非上場企業によって分かれると考えます。
上場企業の場合は国の窓口が構築前である以上、先行投資と称するのも微妙な段階です。デジタル化を見据えて自社でワンストップで扱う仕組みがあり、その一端としてデジタル遺言機能を開発する会社は期待できるかもしれません。
金融機関にシステムを提供するコンサルティング会社、自社開発するようになってきた金融機関本体、税理士などにサービスを提供する事業会社、そして本筋ともいえるBtoCでシニア向けを標榜する会社などでしょうか。
いずれにしても国の窓口が2024年以降であることを考えると、株価上昇要因になるのは難易度の高い印象があります。製薬会社による新規製薬研究のような立ち位置になれば、話題性ともども株価を後押ししていくのかもしれません。
ベンチャーやスタートアップに期待
一方で期待できるのは非上場会社です。ベンチャー企業や、近年生まれたスタートアップという言葉も市民権を得てきました。杜撰な言い方をすれば、近視眼的にはお金にならない取組みを期待することができます。
例えば顧客情報をブロックチェーンで保管して、財産推移などを管理する仕組みの提供も可能ですし、AIや人工知能を使って顧客のライフプランを提供する会社も可能性があります。世の中の興味を席巻するChatGPTを活用した遺言づくりなども視野に入るかもしれません。
もちろん非上場会社だからといってマネタイズ無視ではなく、話題性の高い取り組みをいかにして売上獲得に繋げていくかの工程、ストーリー、何よりもリーダーの説得力などにも左右されます。
ゆりかごから墓場まで
これは遺言だけではなく、終活などシニア領域全般にいえることです。いま日本では毎年130万人前後が無くなっています。毎年誕生している70万~80万人の誕生・育児がこれだけの市場になっていることを考えると、市場化余地は間違いなく高いといえるでしょう。
ライフプランごとではなく、イギリスの社会保障制度の「ゆりかごから墓場まで」のような一直線にしたビジネス発想も増加してくると当事者として思います。
投資行動、特にまだ頭を表さぬ非上場会社から巻かれている有望な種を見つけ、育てていくことで、これまで変革性に疎かった相続の領域も、少しずつ変化のペースを上げていくように思えます。