すべての活動時間を野球に費やす野球部の高校生が、最も憧れる場所はどこでしょうか。それはプロ野球のグラウンドです。特にアメリカの球場を参考にし、2023年北海道の大地に開業した新球場は、北海道のみならず全国の野球少年にとって垂涎の的となっています。
あのグラウンドで野球ができたら、どれだけ嬉しいだろうか。それを受けた2023年の夏、甲子園をかけた彼らの大一番に対し、なんと新球場は無料提供をすると発表しました。
エスコンフィールド北海道とは?
エスコンフィールド北海道とは、2023年に開業した屋根開閉式の野球場です。プロ野球球団の北海道日本ハムファイターズが本拠地として使用します。外野席奥には巨大なガラス張りが施され、夏場のデイゲームにおいては屋根を開放しての試合開催も可能です。
野球に青春をかける高校生にとっては、自分たちの夢が成就した暁にはグラウンドを踏める可能性がある舞台です。ところが2023年夏、日本ハムは夏の甲子園選手権大会の出場校を決める南北海道大会・北北海道大会にて、決勝と準決勝の計6試合にて新球場を無料で貸し出すことを提案しました。
新球場の建設当初から計画されていた取組みとのことです。例年、南北海道大会は新球場からさほど距離のない札幌市で開催されていますが、北北海道大会の開催される旭川市は約150Kmです。その距離をバスで移動してまで、新球場のグラウンドに立ちたかった高校生の夢が垣間見えます。
プロ野球球場を高校生に提供することの投資効果
プロ野球球場を甲子園予選に貸し出すのはエスコンフィールド北海道が最初ではありません。東京の神宮球場(西東京・東東京大会)やZOZOマリン球場(千葉大会)などの実績があります。ただZOZOマリンは所有者が千葉市、神宮球場は明治神宮と所有者が純粋な民間事業者ではないことを考えると、民間企業が無償提供するのは異例といえます。今回、無償提供によりどのような投資効果が期待できるのでしょうか。
高校野球の先にプロ野球があるというブランディング
最も大きいのはブランディングです。高校野球の先にプロ野球があり、夢を叶えた選手たちが勝負をする。その場所、特に同じグラウンドで試合をすることは、野球少年たちにとって至福の喜びです。自分もこの舞台でプロ野球選手に、という夢も広がることでしょう。
更に高校生のまわりのコミュニティにとって好印象です。少年の頃から甲子園の手前まで野球選手を育て上げた父母や祖父母、リトルチーム・シニアチーム(少年野球)の監督やコーチ、毎日素振りをする少年を見ていた近所のおじさんに至るまで、夢を追う者には応援隊が構築されています。
1人の少年の背後にいるコミュニティに対し好印象を与えることができます。野球部を卒業する方々は、社会でも仲間意識が強い印象があります。彼らへの共通言語として、新球場での野球経験はとても説得力のあるものになるでしょう。野球以外だとラグビーの印象が強いですね。
近隣住民や野球好きへの喚起
当事者以外にも効果は絶大です。北海道は行きたい都道府県ランキングにおいて最上位を何年も継続する、日本有数の旅行先です。野球好きや観光客に対して、絶大な効果を期待できるでしょう。新球場は飲食店も出店し、試合のない日にも数千人から1万人の来場客を記録しているようです。
北海道のターミナルである新千歳空港から札幌市に向かう道中にあるため、新球場に寄ろう、ちょっと見てみようという動機があれば、新球場の経営面から見てもとても大きな宣伝効果となります。
そもそも日本ハムは親会社が鶏肉・豚肉の卸を中心とする飲食グループです。これらの提供で快適な思いをした北海道内外の家庭が、月に1度日本ハムの商品をテーブルに並べてくれるだけでも絶大な広告効果です。それに比べれば数日の貸与費用なんて、とは言葉が雑でしょうか。
5年後に今回舞台になった人間がプロになる物語は
これらは短期的な効果です。実は最大の効果は、ホームベースから放たれる打球より何倍も大きな数年後に期待されています。それは、今回グランドに立った高校生が、将来プロ野球選手となって再度新球場に戻ってくる可能性です。今回の無料提供を報じたスポーツ紙では北海道の強豪である北海高校(南北海道)とクラーク国際(北北海道)の選手がインタビューに応じていました。
彼ら、もしくは彼らのチームメイトが再び新球場に帰ってきます。それは2023年の甲子園大会が終了した今年の秋かもしれませんし、彼らが大学経由・実業団経由をしてプロ野球の扉を開く5年後かもしれません。その時に繰り返し「高校生のときにここで甲子園を決めた」と思い出すのは、誰にも彩色できない青春の思い出となります。筆者は北海道出身として、野球好きの人間として、その物語を楽しみに待ち続けたいと思います。