2023年9月1日、東京・池袋のシンボルの1つである西武池袋本店で従業員によるストライキが実施されるなか、親会社であるセブン&ホールディングスはそごう・西武をアメリカの投資ファンドに売却しました。売却値は2200億円ですが、同社の持つ有利子負債を差し引くと8500万円という報道に落日感を感じます。百貨店事業は本当にオワコンなのでしょうか。
大手百貨店4社の8月は2桁増収
西武百貨店に対し家電量販店のヨドバシカメラが出店を前提に土地取得に踏み切ったこともあり、メディアでは「脱百貨店が進行」という報道が目立ちます。
百貨店に勤務している従業員がストライキも実施したのは当然の権利とはいえ、現行の店舗が売却を避けられなかったというマイナスの印象もまた与えるものです。なお、債務放棄が先入観をもたらしていますが、実は百貨店の最新の数字は悲観するものではありません。
日本百貨店協会が発表している全国百貨店売上高は17カ月連続プラス、円安効果と入国制限終了などからインバウンドは313億円となり、コロナ前の2019年7月実績を超えて全体を底上げしました。続く8月も2桁増収の速報値が報道されています。浴衣や水着の売上、継続するインバウンドの売上が導引といえるでしょう。
とても興味深いのは、この主語を百貨店ではなく、ドラッグストアや免税店といったインバウンド商品の代表格に置き換えたとき、何も違和感がないことです。9月以降も残暑の対応や秋の行楽など需要が続きます。百貨店本来の強みが発揮できるお歳暮や年末年始需要は言うまでもありません。
我々は主語が百貨店という言葉に旧時代感を感じているだけで、購買層が減少している日本人に特化しているわけでもありません。確かに百貨店とドラッグストアは商品単価こそ違いますが、インバウンドの勢いを見ていると、違いをもろともしない勢いを感じます。分析をする際に、百貨店という枠組みで見ることを曖昧にしてしまう印象を受けます。
百貨店による選別競争の激化か
J・フロントリテイリングの「GINZA SIX(ギンザシックス)」など直販ではなく専門的集合型の百貨店はかねてより大きな注目を浴びています。百貨店のなかでも対象顧客層を継続する高級店志向か、スーパーマーケット寄りのミドル志向かによって需要も異なります。百貨店という言葉がターミナル駅か繁華街に鎮座した箱ならば、その箱の中身によって需要も売上も変わってくるだろうという見解です。
一方で地方都市の駅前において長年地元の方の支持を得た百貨店が報じられるのは、閉店か売り場面積縮小などネガティブなニュースばかりです。繰り返しになりますが百貨店という定義ではなく、それぞれの会社や店舗によって状況は変わり、選別競争の激化が更に進んでいくことになるでしょう。
記事冒頭の西武百貨店の売却にしても、親会社であるセブン&アイが株主であるアメリカの投資会社からコンビニエンスストア業態への集中を促されているためであり、単純に百貨店事業としての売上減少が売却の原因とは言い切れない部分もあります。これからインバウンドが更に復調していくなかで、百貨店という事業形態への見通しは明るいものではないでしょうか。
そごう・西武を購入したアメリカ投資ファンドがどのような戦略で進むかはわかりませんが(ヨドバシ旗艦店舗の可能性が高いですが)、2023年9月現在、同グループは厳密には百貨店ではなくとも、イトーヨーカドー事業という祖業を自社に残しています。筆者も生活圏においてよく利用しますが、とても顧客満足度が高い店舗です。選別競争エントリーの1社になる可能性も残されています。
百貨店ブランドの有するハブ力
筆者はFP(ファイナンシャルプランナー)として、東京都内の某百貨店にて不定期でライフプランの講師をしています。その時に百貨店の来場者と話をするのですが、実感するのは百貨店ブランドの有するハブ力です。
たとえばFP相談からの派生で税理士に相談する必要が生じたとき、第一の選択肢は「百貨店の紹介した人ならば安心です」という言葉が出てきます。センシティブな相談をすべき知税理士に不可欠な関連知識や相性、事務所の場所より優先されるのは、百貨店が紹介したという事実です。
もちろん百貨店が紹介するにあたってスクリーニングがあるため、まったく基準に至らない専門家が紹介される可能性は低いですが、リスクは残ります。そのリスクを前提としないブランド力が百貨店にはあるといえるでしょう。
インバウンドの推移を度外視しても、百貨店のメイン顧客層である高齢者数は今後も増加し、現役層は減少していきます、百貨店のあるべき姿にこだわらず、箱を存分に生かす変化に対応した勝ち組はどれだけ生まれるでしょうか。10年後には百貨店の概念そのものの定義も大きく変わり、底堅い消費の受け入れ先として定着しているのかもしれません。