次世代計算機の量子コンピューターを巡る覇権争いが激化しているようです。異次元の計算力はさまざまな分野に活用され、産業の技術革新を促すと期待されています。
米国の民間企業ではスタートアップからIT大手まで数多くの企業が量子コンピューティングというフロンティアの開拓に果敢に挑戦を続けています。前回はIBMの取り組みを紹介しました。今回はイオンキュー(IONQ)、ハネウェル・インターナショナル(HON)、アルファベット(GOOGL)、マイクロソフト(MSFT)を取り上げます。
イオンキュー、主要クラウドで量子サービス提供
量子コンピューターの分野でも研究開発を手掛ける新興企業が数多く誕生し、その一部が株式市場への上場を果たしました。イオンキューもその一つで、2021年10月に特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じ、ニューヨーク証券取引所に上場しました。
2021年の終盤はSPACの隆盛が象徴するように新興企業の新規株式公開(IPO)バブルが続いていました。量子コンピューターの研究開発を手掛ける企業の一部も上場後に株価が急騰しましたが、その後に下降線をたどり、今も浮上できない銘柄が多いようです。
イオンキューも急騰の後に急落しましたが、ほかの多くの新興株と異なるのは株価が再浮上した点です。2023年9月には一時、終値ベースの最高値の約7割程度にまで戻しています。
創業は2015年です。メリーランド大学のクリストファー・モンロー氏とデューク大学のジュンサン・キム氏という2人の量子コンピューター研究者が立ち上げました。
イオンキューは量子コンピューターのハードウエアを開発しています。IBMのハードウエアが超伝導方式であるのに対し、イオンキューはイオントラップ方式と呼ばれる別の仕組みを使っているのが特徴です。
すでに商用サービスを始めており、クラウドでQCaaS(サービスとしての量子コンピューティング)を展開しています。アマゾン・ドットコム(AMZN)の量子コンピューティングサービス「Amazon Braket」、マイクロソフトの「Azure Quantum」、グーグルの「Cloud Marketplace」を通じてサービスを提供しています。クラウド大手3社がすべて採用するなど評価は高いようです。さらに事業会社からの評価も高く、サムスン電子やアマゾンなどに加え、ソフトバンクビジョンファンドもイオンキューに出資しています。
イオンキューは2020年に開発の時間軸を示したロードマップを発表しました。2028年までにエラーを直す機能を備えた1024量子ビットのコンピューターの開発を目標に掲げています。
ハネウェル、コンピューター開発に返り咲き
ハネウェル・インターナショナルの前身企業の創業は1885年です。米国の工業発展とともに歩んできた企業といえそうで、現在も主力事業は航空機エンジンなどを開発・生産する宇宙航空部門、製造業のオートメーション化を推進する機能性材料・技術部門、製造業などの生産現場での安全性確保と生産性向上を図る安全・生産性ソリューション部門、建物の安全を守るビルディング技術部門に分かれています。
ハネウェルはかつてコンピューターも開発していました。大型の汎用コンピューターの開発を手掛けていましたが、IBMに太刀打ちできずに1986年に事実上の撤退を発表し、1990年代の初めには完全に退場しました。
それから約30年が過ぎ、量子コンピューターの分野でIBMのライバルとして返り咲いたのです。しかも今回は英ケンブリッジ大学発のベンチャー企業、ケンブリッジ・クオンタム・コンピューティングというパートナーがいます。
ハネウェルがハードウエアを開発する技術、そしてケンブリッジがソフトウエアやアルゴリズムを構築する技能を持ち寄り、2011年に合弁会社のクオンティニュアムを立ち上げています。報道によると、ハードウエアとソフトウエアの技術を持つことで、「量子コンピューター界のアップル(AAPL)」を目指すとの見方も伝わっています。
クオンティニュアムは高性能の量子コンピューターを発表し、高い評価を受けています。大型の汎用コンピューターのケースとは異なり、ハネウェルが勝ち残れるのか注目度は一段と高まりそうです。
アルファベット、スパコンで47年かかる計算を数秒で
アルファベット傘下のグーグルはわかりやすいかたちで世の中に新たな技術を提示するのが得意です。グーグル傘下の企業が開発した人工知能の囲碁ソフト「アルファ碁」が2016年に世界トップクラスの棋士と対戦して4勝1敗と圧勝したニュースは衝撃をもって伝えられました。
量子コンピューターの分野では、2019年に最先端のスーパーコンピューター(当時)でも約1万年かかる計算を量子プロセッサー「シカモア」搭載のコンピューターを使い、約3分20秒で解いたと発表しました。こちらも量子コンピューターの圧倒的な潜在力を知らしめたといえそうです。
2023年7月には70量子ビットの「シカモア」が世界最速のスパコンで47年かかる計算を数秒で解いたとして再び話題になりました。もちろんグーグルの成果はデモンストレーションだけでありません。
量子コンピューターは実用化に向けてエラーの削減という大きな課題が横たわっていますが、グーグルは2023年2月に量子ビットのエラーを計算機上で訂正する「量子誤り訂正」に成功したと発表しました。誤り訂正符号のアルゴリズムを利用してエラー率を引き下げており、量子ビット数を増やすことでさらに改善できるとしています。
グーグルは量子プロセッサーだけでなく、周辺のハードウエアの改良も着々と進めるほか、量子技術の研究の成果を科学誌の「ネイチャー」にたびたび発表するなど優れた研究スタッフと豊富な資金力で成果を上げ続けています。
マイクロソフト、10年以内に量子スパコンを開発へ
マイクロソフトも量子コンピューター分野の主要プレイヤーです。生成人工知能(AI)でグーグルと主導権争いを繰り広げていますが、量子コンピューターの開発でもしのぎを削っています。
グーグルと比べたマイクロソフトの強みは企業の需要をくみ取り、ニーズに合わせるかたちで提供できる基盤を持っている点でしょうか。量子コンピューターはもちろん、生成AIの活用もまずは個人よりも企業や政府機関、研究機関などが中心になる見通しであり、マイクロソフトはエクセルやワードなどのオフィスソフト「Microsoft 365」を絡めて商品化できる強みがあります。
実際、2023年6月にはAIと量子コンピューテュングを組み合わせたクラウド量子コンピューティングサービス「Azure Quantum Elements」を開始したと発表しました。従来のサービスに新たな機能を加えた研究者向けの新サービスで、探査領域の拡大やシミュレーションの高速化などで研究開発の迅速化を後押しします。
マイクロソフトは「Azure Quantum Elements」を導入したタイミングで量子コンピューター開発のロードマップも公表しました。量子技術を使った真のスーパーコンピューターを10年以内に開発する方針を明確に打ち出しています。