FRB(米連邦準備理事会)が金融政策の据え置きを続けるなか、為替市場でドル高・円安圧力が強まっています。重要な鍵を握っているのが、経済の適温を示すとされる「中立金利」という概念です。従来の想定よりも「中立金利」の水準が切り上がっているとすれば、これまで利上げを積み上げてきた現在の米政策金利水準でも景気を落ち着かせる効果は乏しく、追加利上げによりドル円相場のシナリオをさらなるドル高・円安方向へシフトさせてしまう可能性があります。
高金利でも冷え込まない米経済
足もとの為替市場では、中東情勢の緊迫化に伴う原油高や為替介入への警戒感が交錯するなか、ドル円は一時163.99円と約39年8カ月ぶりの高値を付けるなど、高値圏での推移が続いています(図表参照)。一時的なリスク回避によるドル買いや原油急騰による米長期金利の上昇がドル高を後押しした側面は否定できませんが、こうした地政学リスクを考慮してもなお粘り強いドル高の背景を読み解く上で注目されるキーワードが「中立金利」です。

「中立金利」とは、景気を加熱もさせず、逆に冷やしもしない理論上の金利水準を指します。いわば経済にとっての適温であり、利上げや利下げといった引き締め策がどこに向かうのかを示す最終的な着地点です。しかし、この着地点は直接観測することができず、まるで霧の中に隠れた終着点のような存在でもあります。市場の関心は単なる次回の政策決定にとどまらず、今後政策金利の水準決定においてどこまで金利を上げ下げできるかという最終到達点に向かっています。
この「中立金利」の水準について、かつてFRBは長期的な名目金利の着地点を2.5%程度(実質0.5%程度)と見なしていました。しかし、昨今の経済環境を鑑みると、AI投資に伴う生産性向上や供給網の構造変化、脱炭素投資、さらには巨額の財政赤字に伴う国債発行圧力や上乗せ金利(リスクプレミアム)の上昇といった要因が「中立金利」の見通しを恒久的に押し上げている可能性が高まっています。
実際、FRBメンバーによる長期的金利の見通し(SEP)もじわりと引き上げられており、現在の推察では実質1.5%程度、名目で3.5%超へと上昇しているとの見方があります。政策金利が据え置かれていても、適温となる「中立金利」自体が上がっているならば、実質的な引き締め効果は市場の想像以上に薄いということになります。高金利下でも米経済が失速しないのは、この「中立金利」の居所が高まっているという構造的変化によるものかもしれません。
「中立金利」考慮して米追加利上げの可能性も
金融政策が据え置かれる局面であっても、中央銀行が「中立金利」の上昇を認めざるを得なくなった場合、為替市場へのインパクトは小さくありません。現在の金利水準ではまだ景気を冷やすのに不十分というロジックが成立するため、多くのマーケット参加者が期待していた利下げの余地が大幅に狭まるどころか、景気を冷やすための追加利上げも選択肢として浮上してきます。
この構造変化をマーケット参加者が意識し始めた場合、金利高止まりを織り込む形で米長期金利の底上げが起き、ドル買いが一段と勢いづく可能性があります。そうなれば、足もとで上値を抑える164円付近のレジスタンスを突き抜け、165円半ばから166円台への上放れを試すシナリオも現実味を帯びてきます。
地政学リスクの浮沈に一喜一憂する局面を超えて、着地点である「中立金利」の位置そのものがもし変わっているのであれば、マーケット参加者はこれまでの見方を変え、マーケットの新たな構造と向き合うべきでしょう。



