対話ができない政治・・・国内企業・国内経済のマイナス要因に
先週もドル円は163円まで上昇し、1986年以来、39年7カ月ぶりとなるドル高・円安水準を更新しました。
第202回「1986年を振り返らずにやってはいけない?」でも触れましたが、現在の水準はプラザ合意直後以来の円安です。
当時を実際に記憶している市場参加者も少なくなっており、多くの投資家にとっては未経験の円安局面といえるでしょう。
もっとも、為替介入への警戒感が根強いことから、円安の進行ペースは比較的緩やかです。
そもそも、今年に入って政府・日銀が円買い介入を実施したのはゴールデンウイーク前後で、その当時のドル円は160円台でした。
市場では、介入が実施された水準が重要な意味を持ちます。「この水準以上の円安は政府として容認しにくい」という政策当局からのメッセージとして受け止められるためです。
ここでいう「市場参加者」は、FX投資家だけではありません。銀行など金融機関の為替ディーラーも含まれます。
ディーラーは自己売買で収益を上げる一方、企業の為替リスク管理を支援する役割も担っています。
例えば、輸入企業がドル買い予約を検討している際には、「どの水準で為替予約を行うべきか」という相談を受けることがあります。
金融機関は一般企業よりも金融・為替情勢を詳しく分析しているため、その知見を基に助言を行います。
しかし、160円台で介入を実施したにもかかわらず、その後163円まで円安が進んでも追加介入が行われないとなれば、「政府はどの水準を問題視しているのか」という基準が曖昧になります。その結果、金融機関も企業に対して適切な助言を行いにくくなります。
判断基準が不明確になれば、輸入企業は為替予約のタイミングを見極めづらくなり、コスト増加や収益悪化につながる恐れがあります。
これは個別企業だけの問題ではなく、日本経済全体にとってもマイナスです。
過度にサプライズ効果を重視した介入姿勢は、市場だけでなく国内企業にも誤ったメッセージを与えかねません。
為替介入には相場の抑制だけでなく、市場や企業に対して政策スタンスを示すシグナルとしての役割もあることを忘れてはならないでしょう。
対話をしないのが普通になる異常事態
トランプ米大統領の記者会見をご覧になった方も多いと思います。
第2次政権発足以降に顕著なのは、質問に正面から答えない場面が目立つことです。
質問に対して表面的な受け答えに終始し、その根拠や具体的な説明を求められると回答を避けることが少なくありません。
さらに、自身にとって都合の悪い質問に対しては「フェイクニュース」と一蹴し、次の質問へ移る場面もみられます。

こうした傾向は日本でも見受けられます。
高市首相や片山財務相も、国会で野党から質問を受けた際、質問の趣旨に正面から答えない場面が散見されます。
特に、自身とはイデオロギーの異なる政党からの質問に対し、特段偏った内容ではないにもかかわらず、十分な説明を行わず、時には冷笑的とも受け取られる態度で応じる場面もあります。
米国だけでなく、日本でも質問に真正面から答えない政治スタイルが常態化しつつあるのではないかと懸念しています。
こうした姿勢は、為替政策にも影響を及ぼしています。
財務相や財務官による為替に関する発言は、ここ最近ほとんど変化がなく、市場参加者に政策スタンスや介入姿勢を伝えるメッセージとしての機能が弱まっています。
本来、為替当局の発言は市場との重要なコミュニケーション手段です。
しかし、同じ表現を繰り返すだけでは、市場は「何も変わっていない」と受け止め、政策当局が本当に伝えたいメッセージが十分に届かなくなっているように感じます。
従来の考えを捨てる必要も
このように、ここ最近の政治を見ていると、対話や説明責任が以前ほど重視されなくなっているように感じます。
選挙期間中は有権者の声に真摯に耳を傾ける一方、選挙が終わると、その姿勢が嘘のように薄れてしまう場面も少なくありません。
FX市場への対応も同様なのかもしれません。
自らの支持層への影響が限定的で、選挙も目前に控えていないのであれば、急速な円安が進んでも政策対応の優先順位は高くないと市場が受け止める可能性があります。
政治の意思決定が、これまでのような一貫した政策理念や市場との対話よりも、その時々の政治的都合を優先する傾向へと変化しているのであれば、市場参加者も従来の前提にとらわれた相場観を見直す必要があるでしょう。
「この水準なら介入が入る」「当局はこう考えているはずだ」といった過去の経験則だけでは通用しない局面に入っている可能性があります。
だからこそ、これまでの常識に頼った取引ではなく、政治や政策の変化も織り込んだ柔軟な相場判断が、これまで以上に求められているのではないでしょうか。



