販売不振に悩まされながらも赤字額が縮小し、反転攻勢が報じられている楽天モバイル。2024年4月前後から同社社員を名乗る「田草川 俊」というアカウントが話題になっています。プロフィールを見ると楽天の管理職と名乗っていますが、著名な「あの経営者の裏アカではないか」という見立てもあるようです。この方の縦横無尽の発信力は、個人投資家を巻き込みたい上場企業が見習いたい次世代の展開術ともいえます。
高い視座と営業力
SNS隆盛の世の中では、発信力の高い経営陣は多いです。時に舌禍事故に発展してしまうこともありますが、経営者の直接的なメッセージは企業ブランディングの一助となっています。
また広報部が存在感を発揮し、高品質のブランディングを実践できている事業会社もあります。ただ、それらは会社として整備されたものであり、当然ながら「本当にいるのかわからない特定の管理職」に依るものではありません。
そんな田草川「氏」の縦横無尽の活躍は以下の通りです。楽天モバイルの目標に対するロードマップをもとに、同社が目指す行程を具体化します。その際は楽天グループの創業者、三木谷会長の理論を展開することもあります。また数々のアカウントを交渉し、楽天モバイルの導入に繋げます。先日はある女優との会話のなかでクロージングに繋げ、モバイル端末の契約を複数獲得したことも話題となりました。
「本当にいるのかわからない」ことこそ魅力
田草川氏は本当にいるのでしょうか。X(旧Twitter)のアカウントでは「いち管理職が1人で運用している」と表明しています。なお、楽天モバイルの会社概要を確認すると、同名の管理職は見当たりません。Xのアカウントを楽天の本社がある「Nicotama(二子玉川)」としているのも、個人の枠を超えた思い切りの良さを感じます。なかなか一社員が名付けられるアカウント名ではありません。
参照:楽天モバイル
筆者は田草川氏は実際に存在せず、プロジェクトチームとしての稼働なのではと予測しています。SNSでは「三木谷会長の裏アカ(裏アカウント)では」という推測もありますが、想像の域を出ません。ただ、このような発信力のある個人?が社内を超えて外に出ることで、SNS時代ならではの新しい効果を期待することができます。
企業の高い視座を表現
まず最初に考えられるのは、企業の高い視座を表現していることです。企業のトップとしてSNSを活用している人はいますが、あくまで企業のなかで特別の立場にある人のメッセージです。受け取り手も「〇〇社の経営者は凄い」となり、「〇〇社は凄い」とはなりません。その会社の商品を購入するとして、どちらが影響力があるかと聞かれれば、明らかに後者です。今回の件が著しく楽天モバイルの営業力に繋がっているということも納得できます。高い視座が会社に拡販し、高品質のサービスやカスタマーサービスが期待できるためです。
迅速な意思決定力
また、「田草川氏経由の申込」のブランディングはとても高いものです。購入検討や申込に関する手続きのディテールをXのDMに誘導することで、クロージング段階に入った顧客の対応を一手に担うことができます。
これが「最寄りの店舗にご連絡ください」「こちらのURLに連絡ください」だと、顧客の熱量が一気に覚める恐れがあります。担当者が突如現場に代わると、いま目の前で対応している人から提供を受ける熱量が、引き続き継続されるのか疑わしいためです。
ましてや、その迅速な意思決定がXを通して公開状態になることで、購買者に限らないステークホルダーにも影響を与えることが期待できるでしょう。
ウィットの効いたSNS担当者の次世代
X(旧Twitter)の担当者が人格を持つという意味では、数年前から流行した広報担当のケースがあります。自社のブランドを推進するだけではなく、時に競合他社のアカウントとコミュニケーションを取りながらも、SNS上を賑わせてきました。
熱量高く展開するというよりは、少し斜めの目線で、ウィットの効いた姿勢が歓迎されました。家電メーカーのシャープ社が代表格です。
広報系アカウントが変化球ならば、今回の田草川氏は直球です。楽天モバイルが今後業績を回復し、成功譚として語られる暁には、今回のSNS戦略も総括されるでしょう。
果たして田草川氏が本当に登場するのか、それとも裏アカウントであることが解禁されるのかはわかりません。いったい誰だったんだという状況のまま、役目を終える可能性すらあります。受け手に中途半端な幕切れを促す結論もまた、SNS社会に似合ったブランディングの一種なのかもしれません。