第106回「米大統領選挙・・・意外な通貨も大きく動くことに備えずやってはいけない」

「もしトラ」という言葉があることは多くの方が既にご存じかと思いますが

もしも、トランプ氏が米大統領に返り咲いた場合は・・・という意味です。


トランプ氏が狙撃されたにも関わらず、神がかり的な軽症で終わったことで

一時期、米国のマスコミの論調を見ていると、「もしも」ではなく

11月の大統領選挙ではトランプ前大統領が返り咲くことが「ほぼ確実」と言われていました。


しかし、バイデン現大統領が今年の選挙から撤退したことで

(現時点では正式な民主党の候補には決まっていませんが)

トランプ氏とハリス副大統領との支持率が縮まっています。


トランプトレードを再確認する、ドルは両極端の可能性


先週は、「ほぼトラ」ではなくなったことで

トランプトレードの短期的な解消が大幅に進みました。


ここで、トランプ氏が返り咲いた場合のドル円の影響を再確認してみます。

トランプ氏の政策は米国独り勝ちを狙うわけですので、通商問題に力をいれるのは明らかです。


トランプ氏は「トランプノミクスは低金利と関税」と発言しています。

関税に関しては、中国に対する60%を超える関税の導入を示唆しています。

もし、このような関税引き上げになった場合は、中国も同様に関税を引き上げることが予想され

世界1位と2位の大国による関税引き上げ合戦が始まり、当然のように物価が上昇します。

そして、両国ともにインフレが高進することで、低金利どころが利上げの継続となるでしょう。

米系証券はこのような場合は米連邦準備理事会(FRB)は5回利上げするとの予想もあります。



また、18日に行われた欧州中央銀行(ECB)理事会の後のラガルド総裁の質疑応答では

トランプ氏が大統領に返り咲いた場合のECBの金融政策への影響も質問されるなど

各国がそれぞれ「もしトラ」の準備を始めています。

そして、金利面だけ見ると、為替市場は米金利上昇によるドル買いとなるでしょう。


一方で、トランプ氏は通商戦争に勝つために自国通貨安を望んでいると言われています。

実際に、トランプ氏は「ドル高・円安、元安は今や強烈」とインタビューで不快感を示しています。

よって、トランプ氏が大統領に再びついた場合は、ドル高の修正が入ると予想され、ドル売りとなります。

(もっとも、自国通貨安はインフレ高進にもなるので、この点をトランプ氏が、どう捉えているのかが分かりません)


やばいのは南ア・ランド


トランプトレードではドルの動きは両極端なのは、おそらく多くの方が理解していると思います。

しかし、実際に大統領が返り咲いた場合には、いちばんやばそう(大きく売られそう)なのが南アランドです。


トランプ前政権と現在のバイデン政権の対アフリカ政策の違いですが

簡単に書くと、トランプ政権は「アフリカ無視」、バイデン政権は「アフリカ重視」と別れています。


トランプ氏は何が何でも自国重視なので、米国にとって貿易赤字にはそれほどない

アフリカには興味がありませんでした。

一方のバイデン氏はマイノリティを重視していることもあり、

アフリカとの関係はトランプ氏よりも重視しています。


これまで通りにトランプ氏が返り咲いた場合は、無視するだけだったらランドも

余り動意づかないでしょうが、前政権時と国際環境が大きく異なっていることで

南アにとっては非常に厳しい問題に直面します。


例を挙げると、この4年間でロシアのウクライナ侵攻がありました。

南アはアパルトヘイト前からロシアとは結びつきが深いこともあり

この侵攻についてもロシアに対しての厳しい制裁を取っていません。

これに対してはバイデン政権も不快感を示しています。


また、中東情勢でもイスラエルの攻撃に対して南アは国際司法裁判所(ICJ)に提訴するなど

反イスラエル姿勢を示しているという点も米国とは異にした外交関係です。

そして、トランプ氏が標的としている中国やイランとも良好な関係です。


すでに動き始めている共和党


このような状況に対して米共和党はすでに行動を起こしています。

南アで総選挙が行われた5月29日の同日に、米下院で2国間関係の全面的な見直しの決議が行われました。

これは、米国にとって南アは友好国ではないという決議です。


そして結果は272対144(共和党211名が賛成・反対1名、民主党61名が賛成、反対143名)

で見直し案が可決しています。

上院と大統領の署名が必要なことで現時点では決議は通っていませんが、バイデン氏とは違い

自国以外には厳しい姿勢を取ると思われるトランプ氏が大統領になった場合は

この法案も通る可能性が高まります。


では、この法案が通った場合は、どうなるでしょうか?

一番可能性があり、南アにとっては最も痛手となるのは

南アをアフリカ成長機会法(AGOA)の対象から外すことです。



AGOAは南アと他のアフリカ30カ国に、何千もの品目を米国に無税で

輸出することを認める貿易協定です。

南アにとって米国は最大の貿易相手国であり、AGOAの最大の受益国でもあります。


2022年には、南アは約650億ランド相当の商品を米国に輸出しています。

もし、AGOAの対象から外された場合は、こうした恩恵が危うくなり、

関税の上昇や南アの輸出品の市場アクセスの縮小につながる可能性が高まります。


先週は株安などもありランドは特に対円では軟調な動きになりました。

しかし、トランプ氏が大統領に返り咲いた場合には、南アは更に厳しい状況に陥ることを

理解しないでランドトレードをやってはいけないと思います。



為替情報部 アナリスト

松井 隆

大学卒業後、1989年英系銀行入行。入行とともに為替資金部(ディーリングルーム)に配属。以後2012年まで、米系、英系銀行で20年以上にわたりインターバンクのスポット・ディーラーとして為替マーケットで活躍。ロンドン本店、アムステルダム、シンガポール、香港の各支店でもスポット・ディーラーとして活躍する。 銀行退職後は本邦総研、FX会社のコンサルティング、ビットコインのトレーディング等多岐にわたって活躍。 2017年にDZHフィナンシャルリサーチに入社。

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