バイデン大統領が最大2万ドルの学生ローン返済免除、その効果は?

インフレ高進で、全米世帯の6分の1が公共料金未納に


夏真っ盛り、英語でいうところの熱々(red hot)な日々が続くなか、米7月消費者物価指数(CPI)は前年同月比8.5%と、約40年半ぶりの高い伸びを記録した6月に比べ小幅に鈍化した程度でした。結果、一部の家計の支出余地は干上がり、ブルームバーグは全米エネルギー支援協会(NEADA)のデータに基づき、全米世帯の約2,000万世帯、約6分の1相当が公共料金を滞納し、過去最悪を記録したと報じていたものです。おまけに、以前にこちらの記事でお伝えしたようにCPIの上振れペースが賃金上昇ペースを上回り、実質所得はマイナスの状況が続きます。


全米ガソリン販売平均価格が6月に史上初の5ドルを突破、エネルギー価格だけでなく食料品もうなぎ上り、家賃も高騰中とあって、家計は支出を借金で賄ってきました。NY地区連銀によれば、4~6月期の家計債務は前期比2,070億ドル増の16兆1,540億ドルと過去最大に。生活費などクレジットカードに頼らざるを得なかった事情もあり、クレジットカードの債務残高は同460億ドル増と、1999年以降で過去最大の伸びを記録、8,870億ドルと20年7~9月期以来の水準へ積み上がりました。



リーマン・ショック後に家計がバランスシートを健全化させ、コロナ禍での3度にわたる景気刺激策での現金給付で潤い、貯蓄率は20年4月に可処分所得比で33.8%と過去最高を更新したものの、6月には5.1%とリーマン・ショック前の水準へ逆戻りしました。足元のインフレ高進で、中低所得者層を中心に家計は火の車と化しつつあります。



中間選挙前に返済免除の”学生ローン版徳政令“、約4,300万人が恩恵に


そんな時、バイデン政権が中間選挙前に助け船を出してくれました。1人当たりにつき学生ローン返済1万ドルを免除、ペル・グラントと呼ばれる連邦政府の補助金を通じて奨学金を受け取る低所得者層(約600万人相当)には2万ドルを返済免除すると発表したのです。米国人にとっては、“学生ローン版徳政令”を発布したも同然です。返済免除の対象は年収12.5万ドル以下(夫婦で25万ドル以下)となります。


学生ローン返済免除措置はコロナ禍で20年3月に成立した景気刺激策で開始し、延長を経て8月末に期限切れを迎える予定でした。しかし、今回の決定により12月末まで返済が猶予されます。


教育関連の非営利機関エデュケーション・データ・イニシアチブによれば、2021年末時点で学生ローン残高は1兆7,470億ドル(そのうち米連邦政府の補助金を通じたローン残高は1兆6,110億ドル。1人当たり平均で3万7,113ドルとされています。


バイデン政権高官によれば、約4,300万人が学生ローン返済免除対象に、そのうち約2,000万人は債務が全額免除となる見通しです。インフレが高進するなか、学生ローンを抱える人々には朗報に違いありません。

 

学生ローン返済免除は中間選挙で民主党の追い風になるかというと・・


ただし、中間選挙で少なくとも下院で多数派を共和党に奪回される可能性が高い状況下、民主党の追い風となるかというと疑問が残ります。そもそも、学生ローン返済免除の発表は以前から取り沙汰されており、民主党の急進左派(プログレッシブ)を中心に早々の決定が待望されていました。しかも、決定は同氏の夏季休暇後だったということで、熟考を重ねた判断というよりは中間選挙での効果を狙い、直前まで待たせた印象を与えます。


全米での私立の大学授業料はコロナ禍まで留学生が潤沢に流入する事情もあってうなぎ上りで、2020年に平均で3万2,769ドルでした。2001年当時の1万5,470ドルから2倍以上に膨らみ、その間のCPIの伸び率である47.4%を大幅に上回ります。



アメリカ合衆国建国の父とされるベンジャミン・フランクリンはかつて、「自己投資は、一番高い利子をあなたに払う」との名言を残しました。学生は、高いスキルを身に着け成功すべく授業料を支払ってきたわけです。だからこそ、共和党の上院トップであるマコーネル院内総務が「学生ローン支払いのために犠牲となった家族全員に平手打ちをお見舞いするようなもので・・・驚くほど不公平だ」と糾弾するように、批判も少なくありません。他にも、大学が授業料を一段と引き上げる口実となるとの批判や、インフレ悪化要因につながる(学生ローン返済が免除された分、支出余地が増えるため)との声も聞かれます。


また、大統領による権限で返済免除を発表した点も、問題を抱えます。ホワイトハウスは20年3月成立の景気刺激策や、03年成立のヒーロー法(教育長官が連邦学生ローン制度に適用される法律や規制の条項を“免除または修正”することができると規定)を法的根拠に挙げるものの、課題を残します。


バイデン政権といえば、8月9日に半導体産業を支援するCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス)が、同16日にはインフレ抑制法が成立、快進撃を続けています。お陰で、バイデン氏の支持率はリアル・クリア・ポリティクスの世論調査平均で8月21日時点にて41.2%と5月後半以来の水準を回復しました。しかし、NBCが8月12~16日に実施した世論調査結果では、「民主党が与党にふさわしい」との回答が45%と1997年以降で最低を更新し、逆に共和党が47%と最高を記録する状況。



中間選挙はやはり、民主党にとって厳しい戦いとなりそうです。

ストリート・インサイツ

金融記者やシンクタンクのアナリストとしての経験を生かし、政治経済を軸に米国動向をウォッチ。NHKや日経CNBCなどの TV 番組に出演歴があるほか、複数のメディアでコラムを執筆中。

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