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2月の民営企業座談会に馬雲氏が参加、席次は最前列
前回のコラムの終わりに、アリババ集団(09988)傘下の金融事業会社アントグループが2020年に予定していた上場を中止し、その後にアリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏が「表舞台から退場した」と書きました。ところが今年に入り、「馬雲氏の復権」が中国株式市場で話題になっています。きっかけは、2月17日に北京で開かれた「民営企業座談会」に同氏が出席したことです。
この座談会は中国の習近平国家主席が大手民間企業トップを招いて行うもので、6年ぶりの開催でした。中国国営中央テレビ(CCTV)が伝えた映像には、習近平氏と馬雲氏が握手を交わす場面がありました。『香港経済日報』は、馬雲氏が習氏を中心とする中国指導部と対面して企業側出席者が着席している写真を掲載し、第1列に馬雲氏が含まれていると指摘しました。
中国の公式イベントで席次は重要な意味を持ちます。余談ですが、テンセント(00700)の馬化騰会長は当初公開された映像に姿が映っておらず、理由を巡って市場でさまざまな観測が浮上する事態になりました。『香港経済日報』によると、最終的にはCCTVが映像に説明テロップを加え、不安を解消したといいます。

アントグループの急成長は「資本の無秩序な拡大」か
前回ご説明した通り、2020年11月にアントグループの新規株式公開(IPO)が当局によって差し止められた後、馬雲氏は経営トップから退きます。中国を離れて日本や欧州に滞在していると伝わり、市場では同氏が事実上の引退生活に入ったとの見方が広がりました。
では、ここにきて「馬雲氏は復権した」と見なされるようになったのはなぜでしょう。香港メディアによれば、市場関係者は「中国当局がインターネットプラットフォーム企業による金融業務を管制下に置いたという自信を深めたことが理由」とみています。
アントグループが上海市場と香港市場で同時上場する計画を発表した2020年7月当時、同社はすでにネットを通じた決済や小口融資、信用スコアリング、マネーマーケットファンドなど、幅広い金融サービスを展開していました。問題は、同社がノンバンクの決済機関・フィンテック企業という、既存の金融行政の枠からはみ出す存在でありながら、金融業務の規模を急激に膨らませたことです。中国当局から「資本の無秩序な拡大」とみなされるようになりました。
例えば、アントグループは膨大な信用情報を基盤に小口融資の仲介を積み上げましたが、実際の貸し出しを担うのは地方銀行などです。この仕組みでは、いったん債務不履行が広がると、信用不安が銀行を中心とする金融システムに波及しかねません。また、アントグループがマネーマーケットファンド「余額宝」などを通じて巨額の資金を集めれば、銀行預金の流出につながると当局が警戒したとの観測もありました。
「プラットフォーマー企業の金融業務は基本的に是正を完了」
その後、アントグループは中国人民銀行(中央銀行)などの金融当局による法規制と指導に従い、既存の金融機関と同等の監督規制を受け入れていきます。例えば、個人向け融資などを手掛ける消費者金融事業を子会社として分離しました。こうして同社は、「フィンテック企業」から「金融持株会社」へ業態転換します。
2023年1月には、中国銀行保険監督管理委員会主席と中国人民銀行党委書記を当時兼務していた郭樹清氏が、「プラットフォーマー企業14社の金融業務は基本的に是正を完了した」との見解を示しました。同月にアントグループはコーポレートガバナンス(企業統治)の改革を発表。馬雲氏が、経営権を持つ実質支配株主から外れると明らかにしました。
こうした金融行政上の理由とは別に、馬雲氏が中国指導部の不興を買って謹慎に追い込まれた、との説も根強く残っています。根拠としてしばしば引き合いに出されるのが、アントグループ上場予定日の前週での同氏による発言です。「良いイノベーションは監督を恐れない」、「金融は、質屋のような思考方式を改めなければならない」などと2020年10月24日の講演で述べたと伝わっています。これが当局批判と受け止められたとみなされ、翌週11月3日のIPO中止につながったとの見立てです。

アントグループの井賢棟CEO
アントの上場巡り、市場が馬雲氏の動向を注視
投資家として最も気になるのは、馬雲氏の復権がアントグループによる上場計画の再始動につながるのか、という点でしょう。なにしろ、2020年のIPO調達規模は340億-370億米ドルに達するとされていました。仮に再始動に踏み切れば、やはり世界で屈指の大規模IPOとなる可能性があります。
『香港経済日報』は11月19日、表舞台に戻ってきた馬雲氏が、アリババグループの主要拠点である浙江省杭州市でたびたび目撃されており、強い存在感を示していると報じました。中国本土のソーシャルメディアに投稿された写真によれば、同氏は11月18日、社員証を身に着け、白いキャップをかぶった姿でアントグループの園区(キャンパス)に現れました。同社会長の井賢棟氏と最高経営責任者(CEO)の韓キン毅氏が同行する様子が撮影されています。今後、馬雲氏の動向がアントグループの上場再開観測に影響するとみられ、市場の視線はしばらく同氏に注がれ続けるでしょう。



