アリババのネット通販、決済基盤はアリペイに依存
前回のコラムでは、アリババ集団(09988)にとってスマートフォン決済サービスの「アリペイ(支付宝)」がリスクの一つになっているとご紹介しました。背景には、アリババ集団が中国の外資規制に対応するため、アリペイの運営会社であるアントグループとの資本関係を変更したという事情があります。
アリババ集団の2025年3月期年度財務報告には、事業運営に関する主要なリスク要因が列挙されています。そのなかに「アントグループおよびアリペイに関するリスク:大半の商取引業務がアリペイにマーケットプレースでの支払い・エスクロー処理サービスの提供を依頼している上、利害衝突の可能性がある」という記述があります。

アントグループが運営する「アリペイ」
アントグループはアリババの連結対象外
「支払い」とは、アリババ集団の電子商取引サイト「淘宝(タオバオ)」や「天猫(Tモール)」などで顧客が商品を購入するときの決済処理を指します。「エスクロー」とは第三者による代金預託制度のことで、アリペイはオンラインショップの顧客が支払った代金をいったん預かり、顧客の商品受け取りを確認した上で売り手に送金するというサービスを担っています。つまり、ネット通販事業者としての基幹決済システムをアリペイに依存していうことになります。
問題は、アリペイの運営元であるアントグループに対するアリババ集団の持ち株比率は33%にとどまっており、支配権を握っていないことです。自社のコントロールが及ばない法人にネット通販事業の中枢となる基盤を置くという構造にリスクがあると、アリババ集団は指摘したわけです。アリババ集団にとってアントグループは連結対象ではなく、持ち分法適用会社です。したがって、アントグループの純利益のうち33%相当だけがアリババ集団の損益計算書に投資利益として計上されます。
中国人民銀行が外資規制、2011年にアリペイを分離
実は、アリペイは2004年に設立された後、しばらくはアリババ集団の支配下にありました。ところがアリババ集団は2011年、持ち分を全て手放す形でアリペイを分離しました。中国人民銀行(中央銀行)が非銀行系決済企業の外国資本制限を導入したことで、アリペイを100%中国資本とする必要に迫られたからです。
2010年6月に施行された「ノンバンク決済機関管理弁法」に基づき、銀行ではない金融機関が中国本土でインターネット決済などの金融サービス業務を行うには、「サードパーティー決済業者」の認定を受け、「支付業務許可証」と呼ばれるライセンスを取得することが義務付けられました。
このとき、中国人民銀行がライセンス申請資格を中国が保有する実体(PRC-owned entities)に限定したことで、アリペイは同ライセンスを取得できなくなりました。アリババ集団やテンセントはケイマン諸島に登記されており、法的には「外資」とみされるからです。アリババ集団は外資規制を回避するため、2011年初めにアリペイの全持ち分をアリババの創業者で当時会長を務めていた馬雲(ジャック・マー)氏らが所有する投資会社へ譲渡しました。馬雲氏は中国国籍の個人ですから、同氏らが支配する企業であれば中国が保有する実体と認められます。
アリペイは2011年5月、決済業務のライセンスを取得できました。アリババ集団は2019年、アントグループを通じてアリペイの持ち分を再取得する形で資本関係を整理しました。アリババ集団がアントグループの持ち分33%を持ち、馬雲氏らが支配する持ち株会社2社が53%を持つ形となり、馬雲氏はアントグループの実質支配者となっています。ところが翌年以降、この支配構造は変転していきます。

アントグループの公式サイト
アントグループが上場中止、馬雲氏が表舞台から退場
2020年11月、アントグループが上海と香港で同時に進めていた大規模な新規株式公開(IPO)が、上場予定日の2日前に突然延期されました。以後、馬雲氏は次第に表舞台から遠ざかっていきます。2023年にはアントグループが企業ガバナンス改革を実施し、同社の大株主である投資会社2社に対する馬雲氏の議決権が解消され、アントグループには支配的株主が存在しなくなります。
決済ツールやソーシャルメディアなどの基盤インフラを支配する巨大テック企業の活動をどこまで規制するかは、今や世界各国が取り組んでいる課題であり、議論が分かれるところです。アリババ集団とアントグループの関係を巡る転変は、結果として中国がインターネット・プラットフォーム企業を監督・統制する上での方針を浮き彫りにしました。その経緯は次回のコラムでご紹介する予定です。



