AIの進化で、シンギュラリティに一歩近づく
2013年11月、米国のFOXチャンネルでドラマ「Almost Human/オールモスト・ヒューマン」が放映されました。人間とアンドロイドの刑事が織り成す、2048年を舞台としたSF犯罪ドラマです。なぜ2048年かというと、科学通にはお馴染み、数学者ヴァーナー・ヴィンジ氏と発明者でフューチャリストのレイ・カーツワイル氏が初めて紹介した「技術的特異点(Technical Singularity)」、俗にいうシンギュラリティに基づきます。シンギュラリティとは、人間の進歩を人口知能(AI)が追いつくポイントのこと。ヴィンジ氏はシンギュラリティを2030年、カーツワイル氏は2045年と予想していましたが、つまりドラマは両氏に敬意を表し、かつドラマに登場するAIが「最新型」という設定も踏まえ、2048年を選んだのですよ。
残念ながら1シーズンで終了したドラマですが、放映から約10年を経て、改めてシンギュラリティ、つまりAIが人間に取って代わるリスクが強く意識されています。AIの研究開発を手掛けるオープンAIが2022年11月に世に送り出したチャット・サービスである“ChatGPT”は世界をあっという間に席巻し、2023年2月には、マイクロソフトが同社の検索エンジン“Bing”に搭載すると発表。アルファベットは“Bard”、中国の百度は“文心一言(アーニーボット)”の開発を次々に発表し、熾烈なAIチャット・サービス競争が繰り広げられつつあると同時に、AIに奪われる仕事リストが一段と取り沙汰されていますよね。
画像:グーグルの親会社アルファベットは、5月10日に生成人工知能(AI)を搭載した新たな検索機能を発表
(出所:グーグルHP)
AI技術は、チャット・サービスだけでなく、画像の技術に及んでいます。その一例が“ディープ・フェイク”で、「AI技術を応用し、動画の中の人の顔などの一部を入れ替える技術」を指します。パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が1月、ウクライナのゼレンスキー大統領になりすましたロシア人とビデオ通話したと報じられ失笑を誘いましたが、ディープ・フェイクによる仕業との噂が一部で飛び交う有様です。
音楽界に衝撃、アーティストの声をAIで生成した楽曲が大ヒット
そのAIに、新たな使い道が見つかり音楽界に激震が走りました。中国系の動画アプリTikTokに投稿された曲“Heart on my Sleeve”がその他の動画サービスに拡散され、再生回数はわずか数日で1,100万回を突破する大ヒットを記録。さらには、音楽ストリーミング・アプリ大手のスポティファイでも扱われ、大人気を博したのです。
しかし、この曲には問題がありました。人気ラッパーのドレイクとスーパーボウルのハーフタイムショーに2021年に登場したザ・ウィークエンドの歌声を無断でAIで生成し、使用していたのです。この曲を世に送り出した”Ghostwriter977”いわく「自分は、長らく大手レコード会社向けにゴーストライターを務めていたが、会社の利益のため、ほとんどタダ同然で働かされてきた・・・未来は今、ここにある」と、動画でそう語ります。
画像:左がザ・ウィークエンド、右がドレイク
(出所:RARE REALM♪/Youtube)
当然、これに猛反発したのが大手レコード会社です。ドレイクやザ・ウィークエンドを抱えるユニバーサル・ミュージック・グループは、スポティファイや各動画サービス・プラットフォームに音源と動画の取り下げだけでなく、知的財産権に関する懸念を理由に、AI企業がモデルの訓練に自社の楽曲を使用しないよう要請しました。さらに、レコード業界の組合や業界団体の連合は、AIがアーティストを「置き換えたり侵食したり」しないようにするための「人類の芸術性キャンペーン(Human Artistry Campaign)」を立ち上げました。
とはいえ、AIのコンセプトを受け入れているアーティストも少なからず存在します。カナダ出身の女性ソロ・アーティストのグライムスは、ファンに自分の肖像を使った音楽の共同制作を依頼し、ロイヤリティの50パーセントを分配することを申し出たほどです。
知的財産権に抵触するのか、難しい判断
問題は、既存のアーティストの声をAIで生成した曲が知的財産権に抵触するか否かです。CNNがハリウッド在住のエンターテイメント業界専門の弁護士に尋ねたところ、ドレイクとザ・ウィークエンドの声を活用した曲“Heart on my Sleeve”は、オリジナル楽曲として認定される可能性があるといいます。単純に、作詞・作曲を担当した”Ghostwriter977”が、同曲に関与していないことを明確化しているためです。ただし、機械学習やAIプログラムの生成は、AIを訓練するためにそれらの作品のコピーを作成したり、それらの既存の作品と実質的に類似した出力を生成することによって、その作品の著作権を侵害することが判明する場合も考えられるとか。結局のところ、実態は法が未整備であり、今後、アーティストを有する大手レコード会社を始め、音楽業界はここを盾にAIで生成された音楽の規制に向け、米議会に働きかけること必至です。
一方で、画像の世界では既にAIが使用され、新聞記事など文章生成でもAIが幅広く浸透していますよね。音楽業界のみ“異例”となるのか、その判断は米議会に委ねられる見通しです。
今回、AIで声を生成されたアーティストのドレイクの名曲“Find your love”は、「俺は選択肢以上の存在だ」という歌詞で始まります。果たしてAIは、音楽にとって人間以外の選択肢を超える存在となるのでしょうか。