「年を取ると賃貸物件借りれないよ」の有効期限

FP(ファイナンシャルプランナー)をしていて、最も回答が難しいのが「自宅は買った方が得か、それとも賃貸で借り続けた方が得か」ではないでしょうか。そもそも個別にどのような物件にするのかによって答えは変わってきますし、住宅ローンの金利や購入物件のメンテナンス費用など、定まらない前提条件が多い問いです。


その時に気になるのは「年を取ると賃貸物件が借りれなくなるのでは」と気にしている方が多い点です。高齢者になったら賃貸物件を借りられなくなるから、家を購入しておかなければならないという相談に繋がります。


高齢者に物件を貸さなければ今後の不動産は成り立たないのでは

この前提条件の言いたいことはよくわかります。不動産の大家の立場からすると、孤独死の恐れがある高齢者への貸し出しは現役世代に貸し出すのと比較したときに明らかなリスクがあります。孤独死されると(大家から見たときの言い方です)、清掃代がかかり、次の入居にも少なからず影響があるでしょう。2023年現在、高齢者の入居を断る大家さんも、決して少なくはないようです。


一方で日本はいま、著しい人口減少問題と向き合っています。2023年6月26日に総務省が発表した住民基本台帳にもとづく日本の人口は1億2,242万人、前年に比べ80万523人の減少になりました。はじめて全47都道府県で人口が減ったことも発表されています。


東京など一部の都道府県に至っては転入者が転出者を上回る事態が見られるものの、出生率と死亡率の見合いでは減少傾向にあります。この状況から推察できることは、現在の賃貸物件の提供数が維持されるなら当然に空室率は上がり、今後の賃貸経営は厳しくなるのではないかという点です。どのように考えても、高齢者に物件を貸さない傾向が維持できるものではないでしょう。



空室率測定の難しさ

では実際に空室率はどのような推移を経ているのかという疑問が浮かびます。一般的に不動産の空室率検査はオフィスが中心であり、あまり居住用住宅の統計は見かけません。不動産会社が自社物件に対して高い空室率を標榜し、広告宣伝に活用しているものは見かけますが、統計としては客観性に欠けるものと思います。


以前は専門家も状況説明に活用する統計がありました。総務省統計局が発表していた「平成25年住宅・土地統計調査」です。全国の空き家が820万戸!と大きな話題になったことは記憶に新しいのではないでしょうか。当初5年ごとに発表されていましたが、コロナもあり自然消滅した印象です。インパクトのある820万という数字ですが、当初から疑問点も指摘されていました。「空室」の定義が曖昧だったのです。


何度か訪問して空き家であれば場合や洗濯物が干してあった場合、自動車や自転車が無ければカウントといった具合に、信憑性が疑わしい部分があったようです。コロナもあったため、その信憑性だけが理由では無いですが、「次回はいよいよ空き家1000万戸突破か」と予測されていた同統計は平成25年を最後に発表されることはありませんでした。おそらく、これからも無いと考えられます。



高齢者用の賃貸市場が開拓されれば変わるもの

空室率の測定が難しいとして、人口減少の統計などを軸に考えると、今後高齢者向けの賃貸物件需要は拡大すると考えて間違いないでしょう。サービス付き高齢者住宅など介護寄りのニーズが高まる可能性もゼロではありませんが、そもそも介護関連の住宅はきわめて費用の高いものであり、お金の問題で入居が難しい家計もとても多いです。高齢化社会であるのに、入居が集まらず事業継続が難しくなっている現状からも、対象範囲のミスマッチが見てとれます。


たとえば60歳を過ぎても賃貸物件を借りることができるという前提が浸透すれば、間違いなく住宅購入ニーズは減少するでしょう。記事の中で示したように、住宅購入すれば家計にベターと断言できるほどの数字はありません。ならば生活スタイルに合わせて一生賃貸でいいや、と考える方は急増すると考えられます。


またインターネットの発達とコロナ禍で定着したリモートワークの浸透で、人口密度の高い都市部に居住しなければならないニーズが低下しています。以前だと別荘、コロナ禍だとワーケーションのような仕事環境を重視し、かつ居住性も兼ねる物件が今後も増えるのではないでしょうか。


これら高齢者向けの賃貸市場は、短期間で変わるものではありません。少しずつ一生を賃貸物件で過ごす高齢者が増えはじめ、「年を取ると賃貸物件借りれないよ」という日常会話が、「昔は借りれなかった」に変わっていきます。


そして賃貸物件で一生の終わりをどれだけQOLを上げて生活するか。パートナーが亡くなったらどうするかといった周辺環境が整備されていきます。そこにまた、新たな市場が生まれ、当たり前となっていくことも投資家として予測していきたい部分です。

独立型ファイナンシャルプランナー

工藤 崇

株式会社FP-MYS 代表取締役 1982年北海道生まれ。相続×Fintechサービス「レタプラ」開発・運営。2022年夏より金融教育のプロダクト提供。上場企業の多数の執筆・セミナー講師の実績を有する独立型ファイナンシャルプランナー(FP)。

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