UAWとの新労働協約、負け組はビッグ3とEV

UAW、4年半で25%の昇給を勝ち取る


全米自動車労働組合(UAW)のフェイン会長は10月30日、9月15日から開始していた史上初の自動車メーカー3社、通称ビッグ3(ゼネラル・モーターズ、フォード、ステランティス)へのストライキにつき、正式停止を発表しました。10月25日にフォード、28日にステランティス、30日にGMと労使交渉で暫定合意したためです。組合員約15万人のうち、最終的に3分の1に相当する約5万人が参加しましたが、暫定合意を受け、それぞれが職場に復帰することとなります。


ビッグ3との暫定合意は、最初にUAWと合意したフォードの内容を概ね踏襲しています。今回の労働協約は4年半、2028年4月30日まで。昇給率は批准後即座に11%増に加え、4年半で25%増、生計費調整(COLA)の復活により、最高で30%の昇給となります。最後の暫定合意に至ったGMの従業員の最高時給は42ドル(約6,340円)と、フォードやステランティスの40ドルを上回る見通し。加えて、労使交渉批准を受けた5,000ドル(約76万円)の賞与、退職者向けの5,000ドル支払いなどが盛り込まれています。UAWのフェイン会長は「誰もが不可能と考えた勝利を手にした」と、声明で高らかに宣言していました。


チャート:ビッグ3とUAWの主な暫定合意内容

 


一方で、UAWがスト突入後に掲げていた40%の賃上げ、週32時間労働の導入、2007年以降の採用された従業員向けの確定給付企業年金制度の復活、退職者向けを含むその他の給付などは盛り込まれませんでした。ただし、交渉とは合意困難と思われるカードを挟み現実的な落としどころを探るだけに、UAWにとっては御の字でしょう。


フォードの賃上げコスト負担は1台当たり850~900ドル、EVにもしわ寄せ


UAWにとっての勝利は、ビッグ3へのコスト負担増につながります。ストライキの影響で、GMとフォードは通期見通しを取り下げました。また、ストライキによる損失額は、フォードで利払い・税引き前損益(EBIT)ベースで13億ドルと7~9月期(Q3)の純利益12億ドルを吹き飛ばしました。累計の生産損失は8万台に上ったといいます。GMの損失額は少なくとも8億ドル、ステランティスは利益面で7.5億ユーロ(7億9,500万ドルと予想しています。


さらに、ビッグ3には新たな労働協約を受けた負担額が圧し掛かります。ドイツ銀行の分析によれば、フォードで62億ドル、ステランティスで64億ドル、GMに至っては72億ドルとなる見通しです。フォードのジョン・ローラー最高財務責任者(CFO)は10月26日の決算発表で、暫定合意が批准された場合、1台あたりの人件費が850~900ドル増、利益は0.6-0.7%減になると試算。その上で「全社的に生産性と効率性を追求し、コスト削減に取り組む」と述べていました。UAWとの新労働協約締結の勝ち組は労組であり、負け組はビッグ3であることは間違いありません。


加えて、電気自動車(EV)も負け組となる公算が大きい。GMは10月24日、2024年半ばまでのEV生産台数目標40万台を撤回しました。さらに、コスト削減に向け一部のEV発売を延期し、EVに関連製品への支出も縮小する方針です。フォードも10月26日、高価格帯のEV需要の軟化を理由に、合弁パートナーである韓国サムスン系SKオンとの第2バッテリー工場の建設を含む、EV向けの約120億ドルの投資計画延期を発表しました。


チャート:米Q3時点でのEV販売台数、メーカー別のシェア

 


バイデン政権下で2022年8月にインフレ削減法が成立し、EV購入で税額控除が盛り込まれたにもかかわらず需要軟化に直面する上、中国のEVメーカーの攻勢による価格競争も重なり、米系メーカーが苦戦を強いられていることも、悪材料です。フォードは決算発表にて、EV部門の利払い・税引き前損益は13億ドルの赤字と、予想を上回る損失を計上。納車1台当たり平均3.6万ドルの損失に相当します。


GMはフォードと異なり、EV部門を分離して決算発表を行っていないため、赤字幅は不透明です。一方で同社は、2025年までにEV部門のEBITベースでの利益率を2025年までに1桁前半から半ばに引き上げる目標に加え、同年までに北米でEVの年間生産能力を100万台とする目標を維持する方針です。しかし、前述したように、生産目標の撤回や関連支出縮小を受け、これらの目標撤回は時間の問題でしょう。


UAWがもたらした勝利の果実は、米国のEV市場の逆風となりそうです。



ストリート・インサイツ

金融記者やシンクタンクのアナリストとしての経験を生かし、政治経済を軸に米国動向をウォッチ。NHKや日経CNBCなどの TV 番組に出演歴があるほか、複数のメディアでコラムを執筆中。

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