金融機関の方とビジネスで話をすると「思料(しりょ)します」という言葉をよく聞きます。新しい取り組みなどに対してあれこれと考え、評価やアドバイスをする言葉です。事業資金の融資担当者としてであれば自然な言葉ですが、ビジネスの当事者が思料しても物事は前に進みません。そのため、思料という言葉は日本における金融機関と新興企業の展開をやや皮肉めいた表現ともされています。
スマートフォン領域に代表される諸外国の企業が日本の市場に目をつけるなかで、この風潮に危機感を持ったリーダーがいました。三井住友フィナンシャルグループの太田純社長です。
太田社長はプロジェクトファイナンスで台頭
1982年に旧住友銀行に入行した太田社長は、事業の収益性を評価するプロジェクトファイナンスで頭角を現しました。記事頭の「思料」もそうですが、金融機関は決算書で企業の実力を診断します。
その会社が斬新的な取り組みを進めており、将来にどれだけ可能性があろうとも、決算書にある数字で判断する。今後の日本を担うスタートアップを評価しづらいこともあり、保守的評価として皮肉の対象となっています。プロジェクトファイナンスは現時点で生まれていない利益を考察する機能もある、それまでの金融機関とは異質の事業です。
太田社長は2019年4月に三井住友FG(フィナンシャルグループ)の社長に就任すると、「全てのビジネスモデルを根本的に見直す」と宣言し、脱銀行路線を掲げました。社内ベンチャーを後押しし、個人サービスを展開します。TSUTAYAを率いるCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)の増田会長と異議統合し、同社のTポイントと三井住友FGのVポイントを統合します。
一説にはベンチャー出自の増田社長が一目見て「面白い人だなあ」という感想を持ったという報道もあり、いかに太田社長が金融機関出身として異質の人間だったかということが読み取れます。
2023年3月には三井住友グループとして統合アプリ「オリーブ」を提供開始。次の一手を打ったところに飛び込んだ訃報でした。北村匠海さんを起用したオリーブのCMは、多くの方が目にしているのではないでしょうか。このアプリは、革新路線を進む三井住友FGにしか作れないものではないかと賞賛されています。
太田社長死去を受けた三井住友FGの株価
11月25日に訃報が報じられたあと、同社の株価に目立った影響は見られません。
出典:トレーダーズ・ウェブ
失礼を承知のうえで印象論寄りですが、いわゆる企業のアイコンとなっている創業者の訃報ではない点、また長い歴史を持つ会社の革新的な社長という立場から、いわば「その凄さを知っている人は知っている」という方だったのではないでしょうか。投資家が懸念すべき問題は、挑戦する風土の旗手を失った同社のこれからです。
また金融機関自体の株は、見極めをしづらいタイミングにあります。近々ついに金融緩和にあらたな道筋が生まれると目されえ、金融機関の業績に大きな影響があると予測されています。
太田社長が取り組んでいたのは、コンシューマ寄りの施策を中心とした金融緩和のその先です。日本にとって金融機関(銀行)はどうあるべきか。その距離感から見直す取り組みの推進役になる可能性がある方でした。スタートアップの経営者からも、SNSなどで惜別の言葉が並びました。お悔やみを申し上げるとともに、筆者は太田社長の死去が金融機関の10年後に多大な影響を与えるのではと分析します。
太田社長の死去から考える金融機関の10年後
一時期、家計簿アプリなどの個人資産管理サービスが銀行に代わるのではないかと予測された時期があります。いわゆるサードパーティとしての存在感です。最近は既存の金融機関との協業策が推進される雰囲気がありますが、巨大な顧客力と信頼感を有する金融機関が「なにかやるの?では協力してもいいよ」なのか、「社会的意義のある素晴らしい取り組みだ。ぜひ一緒にやりましょう」なのかによって取組みは大きく変わります。太田社長はまさに、スタートアップ側の信頼感を勝ち得ながら後者を伝えられる経営者だったのではないでしょうか。
約100年前、明治維新を迎えた日本において、ひとつの牽引役となったのは金融機関でした。資本という側面からあらたな産業を支援し、軌道に乗せることで現在の代表的な会社を作り出しています。時が建って2020年代、少子化が進行し国力低下と向き合う日本において、金融機関の立ち位置は重要なものです。決して挑戦者のリスクを取った動きを客観視し、思料しますを繰り返せるような存在ではありません。太田社長の訃報から金融機関の10年後を憂い、次の担い手を待ちたいと思います。