中国株、あのテーマはどうなった?

第79回 香港ステーブルコイン:ネット大手と金融機関が免許争奪戦

免許発行枠は10件未満、取得希望は40社超

前回(第79回)ご紹介した香港の「ステーブルコイン」は、引き続き株式市場でホットな投資テーマの一つとなっています。7月8日には香港投資サービス会社の金涌投資(01328)の株価が前日比533%高と急騰しました。フィンテック企業のAnchorXグループと提携し、価値がオフショア人民元(CNH)と1対1で連動するステーブルコイン「AxCNH」の発行を目指す覚書を交わしたと発表し、買いが膨らんだようです。


こうした熱狂とは別に、市場関係者が最も注目しているのは「ステーブルコイン発行免許を取得するのはどの企業か」でしょう。というのも、香港メディアによれば、すでに40社以上が免許申請の準備を進めているものの、発行枠は10件未満とされているからです。


香港の財経事務・庫務局(FSTB)の許正宇局長は、7月1日付『明報』のインタビュー記事で、年内に最初のステーブルコイン発行免許を交付する方針を明らかにしました。さらに、交付件数は「1桁台」にとどまる見通しを示しました。


アリババやJDが免許申請に意欲

中国の通信社『経済通』の見立てでは、ステーブルコイン発行免許の争奪戦で優位に立っているのは中国国内の大手金融機関やインターネット企業です。一部の中小企業も申請を検討していますが、「審査通過の見通しは極めて厳しい状況」といいます。


ネット大手では、アリババ集団(09988)傘下アント・グループの海外部門であるアント・インターナショナルや、JDドットコム(09618)のブロックチェーン部門会社である京東幣鏈科技(京東コインリンク・テクノロジー)、ステーブルコイン「USDコイン」の発行元である米サークル・インターネット・フィナンシャル傘下の円幣創新(RDイノテック)、スタンダード・チャータード(02888)・安擬集團(アニモカブランズ)・香港通訊SS(06823)の連合体が今年6月までに免許取得に意欲を示しています。


金融関連業務を手掛けるネット企業にとって、ステーブルコインの発行元になる利点は大きいでしょう。越境Eコマースの利用者に便利なクロスボーダー決済が提供できますし、企業間の国際決済コストを下げ、低コストの資金管理サービスも展開できそうです。



金融機関の有望候補は中銀香港

ただ、このコラムでも何度か触れてきましたが、中国政府は金融政策の独立性(つまり金利の上げ下げ)、為替相場の安定、資本移動の自由の3つとも統制できるようにしておきたいと考えています。当然、人民元を裏付け資産とするステーブルコインにも目を光らせると考えられます。


そうなると、中国本土当局とすれば、香港でのステーブルコイン発行を国有銀行系の金融機関に任せたいところでしょう。『香港経済日報』はステーブルコイン関連の注目銘柄として中銀香港(02388)を選定しました。同業は中国4大国有銀行の一角である中国銀行(03988/601988)の香港子会社で、香港発券銀行3行の一つです。


カギは中国金融当局の「納得」か

このシリーズの前回では、2025年8月1日に施行される「ステーブルコイン(穏定幣)条例」の下、中国本土外の市場で取引されるオフショア人民元(CNH)であれば、香港金融管理局(HKMA)の認可を得れば裏付け資産にできるとご説明しました。理論上、香港でCNHステーブルコインを発行するには中国本土の金融当局による承認手続きは必要ないはずですが、実態はそうとは限りません。


ロイター通信は7月3日、JDドットコムとアント・グループが中国人民銀行に対し、人民元を裏付け資産とする暗号資産(仮想通貨)「ステーブルコイン」の発行を承認するよう働きかけていると伝えました。事情に詳しい関係者によると、両社はオフショア人民元に価値が連動するステーブルコインを発行すれば、人民元の国際化につながると強調。加えて、暗号通貨の分野で影響力を拡大する米ドルへの対抗措置になるというロジックを展開したようです。裏返せば、金融政策と外交上の観点から、人民元と交換できるステーブルコインの発行を認めるメリットは大きいと中国政府が確信しなければ、香港でのステーブルコインの本格的な発展は見込めないということでしょう。

この連載の一覧
第79回 香港ステーブルコイン:ネット大手と金融機関が免許争奪戦
第78回 香港ステーブルコインの裏表
第77回 中国映画:官民で描く国産作品の成長シナリオ
第76回 中国本土の投資家が香港市場で買った銘柄トップ10
第75回 「国家隊」その3:対トランプ戦線に参画、中国株ETFを買い増し
第74回 銀髪経済:攻守一体の長寿ビジネス
第73回 全固体電池:車載開始は27年、30年に量産化へ
第72回 中国の家電 その2:DeepSeekがゲームチェンジャー
第71回 ヒューマノイド:2025年は量産元年
第70回 ディープシーク その2:米中プラットフォームが続々提供
第69回 ディープシーク:トランプ氏コメントがまともな理由
第68回 人民元の先安観が消えない理由
第67回 2025年の消費:若者がこだわる6つの新潮流
第66回 新中式飲食業:若者を引き付ける「ネオ中華」消費トレンド
第65回 中央政治局会議 その2:金融政策を「緩和」に転換
第64回 「氷雪経済」が熱い!25年に1兆元突破へ
第63回 中国製ゲーム:世界で勝負、先兵は孫悟空
第62回 観光業界: 25年は休日が2日増加、国内旅行ブーム到来か
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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