東京の中心にある神田駅から電車に乗ろうとすると、「お口、クチュ、クチュ。モンダミン」というメロディが流れます。ホームにあるテレビから流れるCMではなく、電車の発車メロディです。モンダミンを提供するアース製薬は神田駅の近くに本社を構える地元企業であり、この取り組みはネーミングライツの一環です。企画の始動を受け、同社が仕掛けるCMが話題になっています。
「8番出口」を探すとモンダミンを使う中年男性
神田駅といえば山手線と中央線に代表される複数の路線が乗り入れる、東京を代表する駅のひとつです。その駅がアース製薬と協業したことに驚かされます。企業側の営業力もそうですが、前例の無い山手線の駅と特定企業のコラボは、駅側の対応力も特筆すべきものといえます。では同社が仕掛けるCMについて考察していきましょう。
そのCMは「8番出口」をリメイクしています。8番出口とは2023年11月にSteamにて配信が開始された個人開発のゲームです。地下通路のなかに迷い込んだプレイヤーが、怪奇現象のなかで8番出口を目指します。異変がないことを願いながら角を曲がると、歯を磨いている中年男性の集団に道をふさがれます。最終的には、「異変のないお口にするために」という言葉と、聞き慣れたメロディが流れます。間違っても心地よいCMではないですが、最初から作成側はその後味を狙っていることも理解できます。
当初、アース製薬と8番出口の開発者とのあいだで「コラボ」と発表されたものの、実際はアース製薬側のパロディであるという経緯も手伝い、話題になっています(パロディ=ここでは許可を取ったうえでの使用を意味します)。
神田駅とモンダミン
神田駅ではもっとも利用客の多い山手線にて、発車ベルの代わりにモンダミンのメロディが流れます。また、神田駅の北口はモンダミン口、南口はアースジェット口、東口はサラテクト口、西口はバスロマン口と、同社の提供する商品の名前が名づけられています。もともとこのように企業が公共施設の命名権を購入し、販売促進やブランディングに繋げる活動は「ネーミングライツ」と呼ばれ、広く採用されてきました。
契約終了が拡散しないネーミングライツも
ネーミングライツには、3つの展開があります。
広く周知され、何度も契約更新する事例
まずは成功事例です。サッカーJリーグの本拠地である味の素スタジアム(東京スタジアム)は2003年から20年以上、ネーミングライツの契約が継続しています。今や正式名称がわからない人も多いでしょう。同様にプロ野球で使用されているZOZOマリン(千葉マリンスタジアム)も成功事例といえるでしょう。
企業の都合で何度も名称変更
埼玉県所沢市にある西武ドームは、インボイスSEIBUドーム→グッドウィルドームなどと名称を変え、2024年現在は通信販売会社が権利を取得して「ベルーナドーム」と名乗っています。同所のようにプロ野球で使われる球場などは利用価値も高く、何らかの都合でネーミングライツの契約が終了した後も、次々と新しい買い手が現れるのでしょう。
そのうえで筆者が注目する「もうひとつの成功例」があります。それは、一定期限ネーミングライツとして契約しており、更新せずに終わった事例です。
キリンレモンって今は言わないの?という会話
東京都中野区に、中野総合体育館という公共施設があります。この体育館は、2023年3月まで飲料メーカーのキリンがネーミングライツを購入し、「キリンレモンスポーツセンター」と名乗っていました。
2024年4月以降、当該契約は更新せずに、中野総合体育館に名称が戻っています。ところが地元の人に話を聞いても、インターネットなどでも「キリンレモンで今度スポーツの大会をするらしい」と、契約が終了したネーミングライツが引き続き使用されています。これは、キリンの次に新しい企業が現れ「上書きをされない」こと。また、キリンレモンが体育館のネーミングライツとして、とても適していたことに依るものでしょう。
神田駅に見る新潮流
ネーミングライツの契約をして、世の中への浸透に期待して契約を迎える。その一連の流れと比べると、アース製薬と神田駅の取り組みは斬新なものといえるでしょう。まさにネーミングライツの第二章、新潮流といえます。
ここまでネーミングライツが一般的なものとなれば、当初のインパクトは当然ながら希釈化します。「あ、ここもネーミングライツなんだー」で終わってしまうことも多いでしょう。企業にとっては広告投資の一環として、どこまで仕掛けていけるか。
神田駅という元来の名前が皆から忘れられ、モンダミンの駅だ!元々の名前はなんだっけ?になる可能性はまったくありませんが、大きなチャレンジであることは間違いありません。同社の斬新な取り組みを見守りたいものです。