英語では映画の興行収入のことを「Box Office Revenue」と言い、Box Officeと省略することもあります。Box Officeは箱のオフィス、つまりチケット売り場のことで、チケット販売の総額が興行収入になるというわけです。
映画は依然として米国のエンターテインメントの中で重要な地位を占めています。報道によると、2023年の米国とカナダの映画興行収入は約90億ドルで、2022年に比べて20%増えています。パンデミック前の水準には戻っていませんが、それでも2019年の実績の8割程度まで回復しています。
映画産業は興行収入だけで成り立っているわけではなく、動画配信やゲームへの転換、キャラクターグッズの販売など知的財産権(IP)ビジネスも活発です。実際、大手の映画製作会社の親会社は軒並み動画配信サービスも手掛けており、グループの映画を放送したり、映画をもとにしたドラマシリーズを制作したりと、IPの活用に余念がありません。
ハリウッドでは2023年に脚本家と俳優による大規模なストライキという逆風も吹き、2024年の映画の興行収入に影を落とすとみられていますが、2025年には映画市場の規模がパンデミック前の水準に戻るとの見通しも出ており、映画各社には追い風になりそうです。
コムキャスト、映画スタジオが興行収入で8年ぶり首位
コムキャスト(CMCSA)はブロードバンドやケーブルテレビ、メディア、映画、テーマパークなど多角的に事業を展開しています。ケーブルテレビでは米国最大手に位置づけられ、メディア事業では3大テレビネットワークの一角である「NBC」を運営しています。
映画部門は映画製作のユニバーサル・ピクチャーズとフォーカス・フィーチャーズをはじめ、アニメーション製作のイルミネーションやドリームワークス・アニメーションなどのスタジオで構成されています。
2023年はユニバーサルの当たり年で、年間の世界興行収入で2015年以来となる首位に輝きました。エンターテインメント産業の業界紙である米バラエティによると、その額は49億700万ドルです。
最大の立役者は世界的に大ヒットした「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」で、13億6200万ドルの興行収入を叩き出しました。任天堂の大人気ゲームキャラクターのマリオが活躍する映画で、イルミネーションが製作しています。
原爆の父と呼ばれた物理学者、ロバート・オッペンハイマーの半生を描いた「オッペンハイマー」はユニバーサル・ピクチャーズが製作と配給を手掛け、興行収入は9億7200万ドルです。「オッペンハイマー」は2024年3月に行われたアカデミー賞授与式で、作品賞、監督賞、主演男優賞など合わせて7冠に輝きました。アカデミー賞を総なめにしただけに2024年も収益の面で貢献が見込まれます。
さらに人気アクション映画シリーズの最新作「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」もユニバーサル・ピクチャーズが配給を手掛け、興行収入は7億500万ドルです。作品別の興行収入ランキングでは「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が全体の2位、「オッペンハイマー」が3位、「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」が5位と上位5作品のうち3作品をユニバーサルが占めています。
興行収入が伸びる中、2023年12月期決算ではスタジオ事業の売上高が前年比5.2%減の116億2500万ドルにとどまりました。劇場収入は29.4%増の20億7900万ドルに達しましたが、中核のコンテンツライセンス収入が11.9%減の82億3100万ドルに縮小しています。ただ、スタジオ部門の調整後EBIITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)は32.0%増の12億6900万ドルでした。
比較対象の2022年に大ヒットした映画には、「ジュラシック・ワールド/新たなる支配者」やイルミネーション製作の「ミニオンズ フィーバー」があり、興行収入はともに10億ドル前後に達しています。
2024年にはホラー映画の「アビゲイル」やアニメ映画の「カンフー・パンダ4」などが公開されており、2025年には「ジュラシック・ワールド」の最新作が公開される予定で、大ヒットへの期待も高まりそうです。
ウォルト・ディズニー、メガヒット不在で首位陥落
ウォルト・ディズニー(DIS)は米国を代表するエンターテインメント企業です。事業分野はエンターテインメント部門、スポーツ部門、エクスペリエンス(体験)部門の三つに分かれており、2023年9月期の売上比率はそれぞれ45.0%、19.0%、36.0%です。
スポーツ部門はテレビチャンネルのESPNを中心に展開し、有料放送や有料動画配信、広告などで収益を挙げています。エクスペリエンス部門はディズニーワールドなどのテーマパークを中心にクルーズ船の運航などの事業を展開しています。
映画配給事業はエンターテインメント部門の中のコンテンツ販売・ライセンシングに分類され、2023年9月期の売上高は前年比69.3%増の31億7400万ドルに達しています。
ただ、2023年(暦年)の興行収入は48億2700万ドルにとどまり、8年ぶりに首位から陥落しました。8000万ドルという小さな差とはいえ、ユニバーサルに首位を明け渡した原因は大ヒット作の不在です。
作品別の世界興行収入では「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3」が8億4600万ドルで4位、「リトル・マーメード」が5億7000万ドルで8位、「マイ・エレメント」が4億9600万ドルで10位に入りましたが、マリオとオッペンハイマー、そしてワイルド・スピードがヒットしたユニバーサルの後塵を拝しています。
しかし、2023年のディズニーの配給が17作品にとどまり、ユニバーサルの24作品に比べて7作品少なかった点に加え、メガヒット不在でもユニバーサルに迫った点を考慮すれば、粒ぞろいの作品が多かったと言うこともできそうです。
ディズニーは映画事業の自律成長と買収という両輪を駆使し、豊富なコンテンツという武器を手にしています。買収には積極的で2006年に「トイ・ストーリー」で知られるピクサー・アニメーション・スタジオ、2009年に人気コミック発行のマーベル・エンターテインメント、2012年には映画監督のジョージ・ルーカス氏が設立したルーカスフィルム、そして2019年に20世紀スタジオを傘下に組み込んでいます。
一連の買収の効果は大きく、ハリウッド映画の歴代興行収入ランキングをみると、「アバター」「アベンジャーズ」、「スター・ウォーズ」「ライオン・キング」のシリーズ作品が上位に並んでいます。「アバター」は20世紀スタジオ、「アベンジャーズ」はマーベル、「スター・ウォーズ」はルーカスフィルム、「ライオン・キング」はディズニーの作品です。
特にマーベル・コミックから生まれたヒーローは映画との相性がいいようです。「アベンジャーズ」シリーズの映画が大ヒットを連発していますし、2023年に興行収入で4位だった「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」もマーベルの作品です。
一方、「スパイダーマン」もマーベル・コミックから誕生しましたが、ディズニーがマーベルを買収する前にソニー・ピクチャーズが映画化のライセンスを取得し、シリーズ化しています。権利関係は入り組んでおり、商品化の権利はディズニーが押さえています。