最近、上場企業の中期経営計画や決算説明資料で「資本コスト」という言葉がよく使われるようになりました。たとえば「資本コストを上回るROEを目指す」「資本コストを意識した経営」といった表現です。
なぜ今、「資本コスト」が注目されるのか
企業は資本コストを強く意識するようになった背景の一つに、東京証券取引所が2023年以降、上場企業に対して「資本コストや株価を意識した経営」を求めていることがあります。特にPBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る企業に対し、改善策を開示することを要請しています。
PBRが1倍を下回るということは、「企業が持っている純資産よりも、株式市場での評価の方が低い」という状態です。「企業が持っている純資産」とは、その企業の会計上の価値を意味します。それより株価が低い状況は、投資家から見て「この会社は資本を十分に活用できていない」と判断されている可能性があります。
そこで「資本コスト」という考え方が重要になってきます。
資本コストとは何か
資本コストとは、「お金を預けてくれた人が期待する利回り」のことです。具体的には、企業が事業のために調達した資金に対して、投資家や金融機関が期待している「最低限のリターン」です。
企業の資金には大きく分けて2種類あります。
●借入金などの「他人資本」
●株主からの出資である「自己資本」
「他人資本」は、主に銀行から借りた資金で利息がかかります。利息は目に見えるコストです。一方、株主からの出資には支払う利息はありませんが、株主から期待されているリターンをコストと考えます。これを「自己資本コスト」といいます【図1】。

企業が資本コストを上回る収益を上げられているかどうかを測る指標のひとつがROICです。ROICについては、以前のコラム『投資ビギナーのための「ROIC(投下資本利益率)」入門』で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
なぜ企業は資本コストを上回る必要があるのか
企業が利益を出していても、それが資本コストを下回っていれば、投資家は「期待したほど稼げなかった」と評価するでしょう。
資本コストとの比較にはROICが用いられることが一般的ですが、ここでは理解しやすいROEで説明します。たとえば、投資家が年8%のリターンを期待しているのに、企業のROE(自己資本利益率)が5%だったとします。これは、投資家から見ると「資本は十分に活用されていない」という判断になるのです。
この状態が続くと、株価が上がりにくくなる可能性があります。
そのため、企業は「ROEが資本コストを上回る状態」を目標に掲げるようになってきました。ROEの目標は、単なる会計上の利益目標ではなく、経営が「投資家から見て魅力的かどうか」を意識していることを意味します。
では、資本コストは何%が妥当なのでしょうか?
実は、これが一番難しいポイントです。資本コストは、会計基準で決まっている数字ではありません。多くの企業は、WACC(加重平均資本コスト)という考え方を用いて計算します。
WACCは、Weighted Average Cost of Capitalの略で、その企業の総合的な資金調達コストを表す指標です。WACCは、自己資本コストと負債コストを、資本構成の割合で加重平均して求めます。
自己資本コスト = 無リスク金利 + β × 市場リスクプレミアム
この計算は「どの金利を使うのか」「βをどう計測するのか」「市場リスクプレミアムを何%とするのか」によって、数値は変わります。どのように設定するかは、企業によって異なります。安定的なインフラ企業と、景気変動の影響を受けやすい半導体企業では、株主が求めるリターンが違うからです。
企業ごとに事業リスクが異なり、投資家は、リスクが高い企業ほど高いリターンを要求します。つまり、自己資本コストは企業ごとのリスクを反映する数字といえます。さらに、事業の海外比率や財務レバレッジ、成長企業か成熟企業かなどによっても、前提は変わります。
投資家はどう見たらよいか
投資ビギナーにとって大切なのは、資本コストを計算することではありません。「その企業自身が、自社の資本コストをどのように認識しているか」を確認することです。
まずは、企業が資本コストを明示しているかどうか。明示しているならば、以下の点に注目すると良いでしょう。
●ROEは資本コストを上回っているか
●資本コストの改善計画は具体的か
●事業ポートフォリオの見直しを行っているか
資本コストとは、企業にとっての「見えないハードル」です。このハードルを超え続けられる企業こそ、長期的に株主価値を高められる可能性が高いといえます。
これからの企業分析は、単に「利益が出ているか」だけでなく、「資本コストを上回っているか」という視点も重要です。
「資本コスト」という言葉は難しく聞こえますが、要は「投資家が期待している利回り」です。「企業が投資家の期待を上回る収益を上げられているかどうか」を測る物差しとして、資本コストが使われています。企業の決算資料を見るときには、「この会社は期待を上回れているだろうか」と問いかけてみるのも一つの方法かもしれません。

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