日本郵便の運送許可取り消しによるわたしたちの生活への影響

日本における一般貨物の流通インフラは外国諸国に誇ることのできるものです。ですが、その中心ともいえる郵便局において、国土交通省は2025年6月25日から運送許可を取り消すと発表しました。同社の処分を受け、5年間にわたって自社のトラックやバンを動かせなくなります。「法定点呼」の未実施がその理由です。


「点呼」はなぜ必要なのか

運送関連法では、トラックやバイクを使って有償で顧客の荷物を運ぶ場合、安全確保のためにさまざまな確認を義務付けています(下表参照)


(運送関連法における「点呼」の主な内容)

〇飲酒の有無

〇健康状態の確認

〇薬の服用状況

〇睡眠不足


国交省は点呼を「安全輸送の要」と位置付け、徹底した実施を指示しています。点呼の不実施が、物流事業でもっとも避けるべきドライバーの事故に繋がるというのが理由です。日本郵便が事故発生確率を軽視して点呼を不実施していたわけではありませんが、同グループの組織の各所で見られるガバナンスの緩みの一環といえるでしょう。


行政処分により日本郵便は、大規模局での荷物収集を担う約2,500台のトラックやバンが使用できなくなる見込みです。同社の軽トラック約32,000台については軽貨物となり、許可制ではなく届出制のため、今回は取り消し処分の対象となります。一方で軽トラの点呼についても現在監査が続けられており、結果がまとまり次第、車両使用停止の処分が科される見通しです。



民間流通会社への需要増

日本郵便は2025年6月の記者会見で、一般貨物2500台のうち約58%分の輸送を子会社の日本郵便輸送のほか、ヤマト運輸や佐川急便、西濃運輸などに委託する調整中と発表しました。また2025年2月に同社は北陸地方に地盤を持つ「トナミ運輸」を子会社化しており、需要増を担うと見られています。


民営化後の上場以来、民間の物流業者にとって競合となってきた同社です。今回の措置は、ライバル達にとって事業拡大の後押しとなるのでしょうか。そうとも言い切れない事情があります。


「物流の2024年問題」のなかでの行政措置

物流業界は現在、働き方改革関連法による「2024年問題」の只中にいます。トラックドライバーの時間外労働時間を年間960時間に制限するものです。物流業界としては改革法に対する対策を進めているなかで、日本郵便の不祥事による需要が生じた状況です。著しい「需要過多」になる可能性があります。


もちろん物流業界に対する働き方改革は大切な取り組みです。ただ「受け入れ力の限界」が可視化されることとなり、一概にチャンスとは言えないでしょう。これを受け荷主側にとっては供給力低下による運賃上昇や受け入れ規模の縮小化、都市部と地方部における供給力の格差が問題となる恐れがあります。


個人投資家にとっては日本郵便からの委託を受けた企業の事業拡大に期待したいところですが、2024年問題のなかで「需要はあるけれど受けられない」という状態が発生する可能性もあり、投資判断が難しい側面もあります。



「置き配」や物流DXが進む契機となるか

そこで根本的な「ビジネスモデルの変化」です。2025年6月23日、タイミングを同じくして、国交省が「置き配」を標準とする基本ルールを定めました。手渡しには追加料金がかかるような仕組みを作る本格的なものです。確実に届けたことの証明や、女性が入居している証明になってしまうセキュリティの問題など、導入に向けて解決すべき点は多くあります。ただ実現すれば、物流の供給力をカバーするあらたな仕組みとなります。


同様のものに「物流DX」があります。物流の各過程を効率化する技術やサービスは、スタートアップなどの提供により著しく進みました。この流れをあと一歩進めるためには、今回のように「これまでの方法を踏襲していては立ち行かない」という事態が大きなチャンスです。


スタートアップの視点から見ると、新規事業開発の担当者などは自社を歓迎してくれるけれど、実際に営業部など本業寄りの部署に話が進むと、とたんに協業の進度が鈍くなるという話をよく耳にします。その理由のひとつは「従来のやり方を貫く」ことが組織内の反発も少なく、また「変えることのリスク」を回避できるためです。


今回は日本郵便のみならず、委託を受ける見込みの民間大手を含めた、大きな構造変更となります。またその期間は5年間と、とても長いものです。だからこそ物流DXが進み、またそれが定着化するような流れを期待しています。


特に物流問題は高齢者の生活や買い物環境の維持など、これからの日本が付き合うべき社会課題とも密接に関わっています。ECを展開する企業にとっても、円滑な流通環境は事業を継続するうえで不可欠なものです。今回の運送許可取り消しはひとつの企業の不祥事ですが、対応するなかで我々消費者の利用環境が向上することを願っています。


独立型ファイナンシャルプランナー

工藤 崇

株式会社FP-MYS 代表取締役 1982年北海道生まれ。相続×Fintechサービス「レタプラ」開発・運営。2022年夏より金融教育のプロダクト提供。上場企業の多数の執筆・セミナー講師の実績を有する独立型ファイナンシャルプランナー(FP)。

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