「資産運用立国」次の一手【前編】 ~利益は誰のもの? 企業は利益を何に使うべきなのか~

最近、「ROEを高める」「PBRを改善する」という言葉を耳にする機会が増えました。企業が自社株買いを発表すると、株価が上昇することも珍しくありません。


しかし、本当にそれだけで企業価値が高まったと言えるのでしょうか。


「資産運用立国」が次の段階へ


政府が「資産運用立国」をアップグレードしました。今回の重点は、企業に成長投資を促すことです。


2023年版の「資産運用立国」では、「家計が投資を始める」が前面に出ていました。国民のお金を「貯蓄から投資へ」と動かし、企業の成長と家計の資産形成を後押しする政策です。新NISAも、この施策によって旧NISAから生まれ変わりました。


2026年版は、「企業価値を高め、投資したくなる企業を増やす政策」とし、家計を「資金の出発点」の一つとして位置づけています。家計からお金が金融機関を通じて企業へ流れ、企業が成長投資を行い、企業価値や経済成長につながった成果が、再び国民に還元される資金の循環を作ることが、今回の戦略の本質です。


2023年版が、国民のお金を「貯蓄から投資へ」動かす政策だったとすると、2026年版は投資したくなる企業を増やすため、企業価値向上をさらに後押しする政策といえるでしょう。


「ROEを高めること」と「企業価値を高めること」は、必ずしも同じではない


今回、政府が企業に求めているのは、利益を増やすことだけではありません。


何に成長投資するのか、なぜその投資が必要なのか、株主還元とのバランスは適切か、採算の低い事業を持ち続けていないか。


企業が稼いだお金は、配当や自社株買いに回すほど良いのでしょうか。


配当や自社株買いは、株主にとってうれしいニュースです。しかし、長期投資では、それだけで企業の良し悪しを判断することはできません。将来の利益を生み出すための投資を続けられる企業こそ、長期投資にふさわしい企業といえるのではないでしょうか。


ROEは「利益 ÷ 自己資本」で計算されます。自社株買いを行えば自己資本は減るため、利益が変わらなくてもROEは上昇します。しかし、利益そのものが増えていないのにROEだけが上がった場合、それは企業の稼ぐ力が高まったとは言えません。


もちろん、自社株買いが悪いわけではありません。しかし、還元ばかりを増やして、設備投資、研究開発、人材育成、新規事業への投資を抑えれば、将来の成長力が弱くなる可能性があります。


今後は、投資家も、増配や自社株買いだけで企業を評価するのではなく、会社が将来のためにお金をどう使っているかを見る必要性が強まっていくでしょう。


企業は資本配分を説明する時代へ


今回の「資産運用立国」において、企業には株主還元だけでなく、「将来の成長のために何へ投資するのか」を具体的に説明させようとしています。


これまでのコーポレートガバナンス改革では、「ROEを高めましょう」「PBR1倍割れを改善しましょう」「資本効率を意識しましょう」というメッセージが強く発信されました。


その結果、多くの上場企業が、増配や自社株買いを積極的に行うようになりました。これは株主にとって歓迎すべき変化です。


しかし、その一方で、「株主還元を優先するあまり、将来の成長投資がおろそかになっていないか」という新たな課題も見えてきました。


「利益を設備投資や研究開発、人材育成など将来の成長につながる分野へ適切に振り向けているか」という視点は大切です。ここに目を向けると、企業の未来を応援する楽しさも感じられるようになるでしょう。


今回の「資産運用立国」では、この点を意識していることが読み取れます。


例えば、2026年夏の「コーポレートガバナンス・コード」の改訂では、取締役会が設備投資、研究開発、人的資本、無形資産への成長投資や事業ポートフォリオの見直しについて、具体的に説明し、継続的に検証することを求めています。また、「成長投資ガイダンス」では、成長投資と株主還元との適切なバランスを確保するという考え方が示されています。さらに、ベストオーナーの考え方、事業再編まで促そうとしています。


つまり、「株主還元か、成長投資か」ではなく、「両方をどうバランスさせるか」が重要だということです。


それは、これまでよく話題になった「PBR1倍割れ」「ROE8%以上」「自社株買い」「増配」といった話から、もう一段先へ進んだものと読めます。


政府は、単に「資本効率を上げなさい」と言っているのではないということです。短期的に利益やROEを良く見せるために投資を抑えるのではなく、中長期の企業価値向上につながる成長投資を行い、その内容を投資家に説明しなさいと求めています。「資産運用立国」の資料にも、成長投資を抑制して短期的に資本効率を改善するような短期主義に陥らないことが明記されています。


投資家も利益の"使い道"を見る時代へ


長期投資には、「今年はいくら配当が増えたか」だけでなく、「この会社は5年後、10年後の利益を増やすために、今どんな投資をしているのか」という視点が欠かせません。


自社株買いを行うと自己資本が減り、ROEが高まることがあります。しかし、そのROE向上だけで企業価値が高まったとは言い切れません。一方で、設備投資や研究開発、人材育成によって利益そのものが増え、その結果としてROEが向上すれば、より本質的に企業価値を高めたといえます。


政府が今回のガバナンス改革で企業に求めているのは、まさにそこです。「利益を生み出す力をどう育てるのか」を投資家に丁寧に説明することなのです。


投資家もまた、利益の「大きさ」だけでなく、「使い道」にも目を向けることが、長期投資家に求められる新しい視点なのかもしれません。



【出典】

●「成長投資を促進するための金融戦略 - 資産運用立国のアップグレード -」 

(内閣官房(日本成長戦略本部事務局) 2026 年7月21日 )


ファイナンシャル・プランナー

石原 敬子

ライフプラン→マネープラン研究所 代表 ファイナンシャル・プランナー/CFP®認定者。1級ファイナンシャル・プランニング技能士。終活アドバイザー® 大学卒業後、証券会社に約13年勤務後、2003年にファイナンシャル・プランナーの個人事務所を開業。大学で専攻した心理学と開業後に学んだコーチングを駆使した対話が強み。個人相談、マネー座談会のコーディネイター、行動を起こさせるセミナーの講師、金融関連の執筆を行う。近著は「世界一わかりやすい 図解 金融用語」(秀和システム)。

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