共和党が内部分裂!米下院議長選の投票回数、200年ぶりで最多に

保守強硬派、マッカーシー氏の下院議長選出に造反


米下院共和党主流派にとって、2023年の幕開けは悪夢も同然でしょう。


2022年に行われた中間選挙で僅差ながら222対212で多数派を奪回した共和党から年明け、下院議長が選出されるはずでした。しかし、ケビン・マッカーシー院内総務(カリフォルニア州)の議長就任を共和党の保守強硬派とトランプ支持層が阻止、第1回目の投票で下院議長が誕生しないという、20世紀以降としては100年ぶり、2回目の異常事態を迎えています。1月3日に3回、4日に3回、5日に5回の投票を実施したものの、決着は未だついていません。


そもそも、ケビン・マッカーシー氏は2022年11月15日、共和党の下院議員団によって188対31で議長候補に選出されていました。しかし、議長候補としてマッカーシー氏に敗れたアンディ・ビッグス議員(アリゾナ州)を含む保守強硬派の議員連盟”フリーダム・コーカス”に属する4人と、トランプ前大統領支持の1人から成る共和党議員が反発。マッカーシー氏に造反する5人の議員は、以下の通りです。


1. アンディ・ビッグス氏(アリゾナ州)

2. ラルフ・ノーマン(サウスカロライナ州)

3. ボブ・グッド(バージニア州)

4. マット・ローゼンデール(モンタナ州)

5. マット・ゲーツ(フロリダ州)


さらにマッカーシー氏の議長選出に批判的なスコット・ペリー下院議員(ペンシルベニア州)を含む9人の議員など、総勢21人が造反にまわってしまいました。1月3日から5日までの3日間で11回の投票を経て、マッカーシー氏支持は徐々に減少する有様です。


チャート:日ごとに減少する、マッカーシー支持票


僅差での多数派奪回に潜むリスクが顕在化、政治ドラマは民主党から共和党に


なぜ彼らは、共和党議員がマッカーシー氏の議長選出に猛反対しているのでしょうか?その理由は主に以下の5つです。

1)中間選挙における僅差での勝利の責任

2)マッカーシー氏と提携したPAC、共和党の予備選挙に関与

3)マッカーシー氏から権限を奪い、一般議員に与えるなどといった規則変更の必要性

4)バイデン大統領、並びにマヨルカス国土安全保障長官の弾劾への積極的な姿勢の欠如

5)連邦政府支出の放漫財政(2023年度の包括予算案でマッカーシー氏が民主党と連携してきた実績を批判)


振り返れば、僅差の多数派獲得は少数派が存在感をみせつける格好の機会となり、諸刃の剣です。2021~22年の米上院では議席数が50で拮抗するなか、中道派のジョー・マンチン議員(ウエストバージニア州)やキルスティン・シネマ議員(2022年12月9日に民主党から離党)などが大暴れしましたよね。バイデン政権肝煎りの景気刺激策の内容が修正され、子育て支援・気候変動対策支援などを盛り込んだ1.75兆ドル相当の”より良い再建法案”が葬られるなど、たった数人、特にマンチン議員の徹底抗戦により、財政調整措置を駆使しながら単純過半数の可決にすら交渉を強いられました。


党内対立の舞台は2023年、中間選挙で下院を共和党が奪回した後に同党に移ってしまいました。

多くのメディアでは、2022年の中間選挙でトランプ前大統領の支持を受けた候補者、特に2020年の米大統領選の結果を否定した候補者ディナイアーが大敗したと伝えていましたが、蓋を開けてみると前者の勝率は83%、後者は62%。上院を中心に激戦州で大敗したものの、共和党地盤では確固たる勝利をつかんでいたのです。だからこそトランプ支持者や保守強硬派は下院での多数派奪回につき自分達のお陰という自負があり、主流派に牙をむいたわけですね。結果的に、無党派層の信頼を失うリスクと引き換えになるわけですが・・。


非常事態に、トランプ氏も介入しトゥルース・ソーシャルにて「共和党の偉大なる下院議員全員が、ケビン(マッカーシー氏)に投票する時だ」と呼び掛けますが、現時点で全く効果なし。一部の有識者は「2021年1月6日の米議事堂襲撃事件が保守強硬派とトランプ支持層を怒らせた」と分析していましたが、もはやそうとも言い切れません。


ちなみに、米国の歴史を振り返ると第一回の投票で下院議長が選出できなかったのは、15回。ただし、そのうち13回が17~18世紀に集中します。前回の1923年当時は、共和党のフレデリック・ハンチントン・ジレット氏が下院議長として選出されるまで3日にわたり9回の投票を経なければならなかった上、下院の開会は3月まで待つ羽目になったものです。ちなみに、下院議長の投票回数が最長・最多だったのは1855年(1956年2月まで続く)で、約2カ月にわたり133回の投票を実施したんですよね。


チャート:下院議長選出に要した投票回数別のランキング、2023年は現時点で12回が確実となり、1821年と並び歴代5位に

 

しかし、議長が選出されるまで下院の委員会は設立できず、議員は新会期を開始するための宣誓を行うことができず、残りの業務は停滞する公算が大きいため、下院議長の選出に膨大な時間を費やすなど現代では事実上、不可能です。さらに。共和党の分裂と混乱を象徴する出来事として有権者の記憶に残ること必至で、2024年の米大統領選に向け信頼を失墜させるリスクは避けられません。


マッカーシー氏は投票以前、造反を表明済みの5人の議員に書簡を通じ、”議長解任(vacate the chair)”の動議の基準を11月に内部規則で採用した下院共和党の半数以上から、たった5人に引き下げるなどの変更を通じて可能とする妥協案を提示していました。足元でもマッカーシー氏は、連邦政府予算をめぐり包括的に採決するのではなく、単独で行うなど支出拡大を防ぐ案などを通じ交渉を続けます。


ちなみに、2015年には他ならぬフリーダム・コーカスが主導した共和党内での議長解任動議を経て、ベイナー氏は引退に追い込まれました。その後に行われた下院議長選挙でマッカーシー氏は有力候補の一人でしたが当時も党内での結束を引き出せず、ポール・ライアン議員(ウィスコンシン州、トランプ大統領誕生後の2018年には同氏との対立などを受け引退)が結果的に選出されたことが思い出されます。


画像:ベイナー下院議長(当時)の後ろに控えるマッカーシー氏、左端はスカリス下院院内幹事

 

(出所:Speaker John Boehner/Flickr)


混迷の米下院議長選、打開策は?


マッカーシー氏の下院議長選出に向け共和党内で過半数獲得に不確実性を残すなか、事態を収束するシナリオとしては、以下が考えられます。


1)マッカーシー氏が多数派を獲得するまで、党内で妥結を探りながら投票を続ける

2)スカリス院内幹事(ルイジアナ州、下院共和党ナンバー2)など、別候補がマッカーシー氏に代わって議長となる

3)民主党内からマッカーシー氏の支持を獲得する


2)に関していえば、苦肉の策となることは間違いありません。また、マッカーシー氏については下院議員としての進退問題に発展しかねず、僅差での多数派の共和党特に中道派にとっては回避したいシナリオでしょう。


3)は、ほぼあり得ないシナリオでしょう。民主党自体がマッカーシー氏に投票する可能性は極めて低く、また実現したとしても保守強硬派が今後共和党に反目し続けること必至です。共和党内部の分裂がさらに深まり、そうなれば最悪のケースとして保守強硬派の離党シナリオも考えられます。


以上を踏まえると、1)が現実的な路線となりますが、共和党下院が何とか妥結できたとしても、2021~22年のバイデン政権のように前途多難な年を迎えることに変わりありません。2023年度予算(23年9月末まで)が米上下院で可決していたことは不幸中の幸いでした。


ストリート・インサイツ

金融記者やシンクタンクのアナリストとしての経験を生かし、政治経済を軸に米国動向をウォッチ。NHKや日経CNBCなどの TV 番組に出演歴があるほか、複数のメディアでコラムを執筆中。

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