2022年、高校の教科書に実践的な金融や経済の教育が盛り込まれ、金融業界では「金融リテラシー」への関心が高まりました。また、政府の「新しい資本主義実現会議」は、「資産所得倍増プラン」を策定。金融庁では、金融教育を国家戦略とする方針です。
学生や若年層だけでなく、すべての年代においても金融経済教育の必要性が唱えられるようになりました。企業向けに、従業員の金融リテラシーを高めるための金融教育サービスも始まっています。
お金の問題と心の関係
筆者は、20年間、ファイナンシャル・プランナーとして家計や金融資産管理に関し、講演や個人相談を行っています。話が終わると、「お金の話を若いうちに聞いておきたかった」という感想を数えきれないほど頂きます。
お金持ちだからといって幸せとは限りません。しかし、お金がないために心がささくれたり、人間関係がギスギスしたり、体調を崩してしまったり、余裕のない行動を起こしたりしてしまうケースはよくある話。適切な金銭管理ができていれば、生活の基盤が整い、幸せな暮らしを送る環境を維持できるでしょう。
ファイナンシャル・ウェルビーイングとは
最近、「ウェルビーイング経営」という言葉を見聞きすることが増えました。「ウェルビーイング」とは、自分らしく、よりよく生きること。「ウェルビーイング経営」は、従業員のウェルビーイングを高める目的の、経営のあり方です。従業員が心身ともに健やかな状態でいられれば、元気に働けて、企業の生産性も向上する―――という考えに基づきます。
この「ウェルビーイング経営」の1つに、「ファイナンシャル・ウェルビーイング」という分野があります。従業員が経済面で不安を抱くことなく、安心を実感しながら働ける状態を保てるよう、人事面でサポートをする経営方針です。
従来、従業員の経済支援といえば、ベースアップやボーナス、各種手当の支給や家賃補助などの形でした。しかし、個人の家計管理が難しい時代になり、単に金銭を支給するだけでは経済的な安心を得にくくなっています。そこで、従業員向けのファイナンシャル・ウェルビーイングプログラムが注目されています。
従業員にファイナンシャル・ウェルビーイングを
とはいえ、ウェルビーイングの状態は具現的とは言い難く、ましてや個人的なお金の問題と心身の健康の関連も明らかではありません。さらにはウェルビーイングな状態が、本当に働く意欲につながっているのかの因果関係も明確ではありません。少し前に広がった「健康経営」もそうですが、とてもモヤっとした概念のような気もします。
ですが、実際に、従業員向けのファイナンシャル・ウェルビーイングプログラムを取り入れた企業では、受講後にお金に対する不安が軽減されたと感じる人が、受講者の7割以上になりました。【グラフ1】
このアンケートは、「ブロっこり」という従業員向け金融教育プログラムを導入した、株式会社クレディ・セゾンの受講者の集計です。プログラムを提供するのは、ブロードマインド株式会社。「ブロッコリ」は、ファイナンシャル・ウェルビーイングを実現する金融教育プログラムで、「金融リテラシーの向上」「収支管理」「ライフプランニング(将来設計)」の3つをバランスよく身に着けられる内容になっています。
具体的には、従業員が定期配信される動画を視聴しながら金融について継続的に学び、専門家によるフォローアップを受けるなどして個人的な金銭管理にも役立つような学習プログラムです。学んだことを実際の生活で実践する中で、適切な金融行動につながるように設計されています。
「ブロっこり」は、2022年8月にサービス提供を開始し、まだ稼働したばかりですが、受講者は手ごたえを感じているようです。これを継続し、金融リテラシーが向上すれば、不安やストレスの解消につながるでしょう。従業員がファイナンシャル・ウェルビーイングな状態で働くことで生産性の向上につなげる目的で、企業が導入するプログラムです。
「ブロっこり」の開発責任者である、ブロードマインド株式会社取締役の鵜沢様のお話を伺いました。
『金融教育という手段で我々が実現したいのは「ファイナンシャル・ウェルビーイング」です。健康経営同様に企業が取り組む意義のあるテーマとなり得ると考えています。従業員の皆様がお金に対する不安が解消されることによって生産性が向上し、結果的に経営陣の皆様にとって業績の向上につながるような、金融教育と人事経営施策を結び付けたサービスにしていきます。』
株式会社クレディ・セゾンでは、「ブロっこり」を受講した従業員のうち、8割以上がファイナンシャル・ウェルビーイングな状態に近づいていると実感しているそうです【グラフ2】。今後は、企業として生産性が高まるかどうかに注目していきたいと思います。
金融教育を受けた人は、生活スキルが高い
以前の記事、『金融の知識は「生活スキル」、投資で生きる力を育もう』でご紹介した通り、金融リテラシーは、生活の中でお金を使いながら身に着けるものだと思います。しかし、その前提となる基礎的な知識がないために、必要以上に不安を抱き、積むべき経験が浅く学ぶ機会を重ねられない人もいます。
その結果、お金をうまく使えなかったり、適切な借り方ができなかったり、無謀な投資をしたり逆に投資ができなかったり、ということが起きてしまいます。金融広報中央委員会(事務局・日本銀行)が、全国の18歳以上の3万人を対象に2022年2~3月に行った「金融リテラシー調査(2022年)」によれば、金融教育を受けた人と受けていない人では、金融に関する行動や考え方に差がついています【グラフ3】。
金融に関する知識や経験をより多く持つ人は、生活スキルが高い傾向です。例えば、1か月の支出を把握している、お金の長期計画を立ててそれを達成するよう努力している、老後の生活資金計画をたてている、といった人の割合が高くなっています。
学校教育では、ようやく金融経済の基礎的な知識を学ぶ環境になってきました。しかし、すでに学校を卒業した人は自分から進んで機会を作らなければなりません。それでは、社会に出て月日が浅く経験の少ない若年層が取りこぼされてしまいます。そこで、社会人に向けてもファイナンシャル・ウェルビーイングを人事面で意識的に取り込み、従業員の金融リテラシーを引き上げるのは、良い取り組みなのではないでしょうか。
【取材協力】
【参考】
金融広報中央委員会 知るぽると「金融リテラシー調査(2022年)」