米上院、退職年金基金のESG投資承認に異議ー反ESGに動く共和党

米国人のESG認知度、28%程度


ESG(環境、社会、ガバナンス)との言葉は、いまやSDGs(持続可能な開発目標)と合わせ、日本で幅広く浸透しています。SDGsの認識に至っては、損保ジャパンが2021年7月に実施した調査では、SDGsについて「よく知っている」は28.3%、「まあまあ知っている」は48.1%と、合わせて76.4%に達し、前回2019年実施の調査結果の31.2%から大幅上昇しました。


翻って、企業が取り組むべき投資判断の基準としてESGについて、米国では未だそれほど認知されていません。ESGといえば、2006年に当時のアナン国連事務総長が2006年に発表した「責任投資原則(PRI)」以降、徐々に日本を始め欧州など先進国を中心に浸透しつつあります。しかし、ギャラップが2021年4月に実施した世論調査では、米国人のうち「非常によく知っている」は8%、「いく分知っている」は28%程度。逆に「あまりよく知らない」は22%、最も多い回答は「全く知らない」で42%と、実に64%が認識不足であることが分かっています。


チャート:米国人の6割以上、ESGを認知せず

 


民主党支持層と言えば、少なくとも環境問題に高い意識を払っていることで知られます。シカゴ・カウンシル・オン・グローバル・アフェアーズが2021年8月に実施した世論調査では、「気候変動問題を重要な脅威」と回答した民主党支持層が82%に対し、共和党支持層は16%、無党派層は55%で、全米では53%でした。それでも、ESGの認知度となれば別問題のようです。


振り返れば、バイデン政権は2020年米大統領選から気候変動問題を重要な公約に掲げていました。財政調整措置を駆使し、民主党の過半数で2022年8月に成立したインフレ抑制法は、社会保障・気候変動対策を狙った”ミニ版より良い再建法(BBBライト)”との異名があるように、インフレ抑制という旗印の裏で肝煎りの気候変動対策を盛り込んだものです。歳出額4,370億ドルのうち3,690億ドルが”エネルギー保障と気候変動対策”に充てられたことでも、明らかですよね。2021年12月に”より良い再建法案”を廃案に追い込んだ民主党中道派のジョー・マンチン上院議員(ウエストバージニア州)が賛成にまわり、何とか成立にこぎ着けたことが思い出されます。


共和党が退職年金基金によるESG投資に反対する理由


あれから約6カ月後の3月1日、米上院は退職年金基金が投資判断においてESGの要素を考慮することを認める米労働省の規則を覆す決議案を50対46で採択しました。今回、民主党からはマンチン氏のほか、ジョン・テスター上院議員(モンタナ州)の2人が共和党と歩調を合わせ賛成票を投じた格好です。マンチン氏のお膝元であるウエストバージニア州経済の16%、モンタナ州経済の5%を鉱業に依存し、石炭生産でそれぞれ2位(13.6%)と5位(4.9%)という事情を反映したのでしょう。なお、トランプ前政権下で、退職年金基金は「財務的要因」のみを考慮して投資することが認めていたところ、そこからの方向転換となる規則変更に対し、共和党が過半数を握る下院では2月28日に216対204(民主党のジャレッド・ゴールデン下院議員1人が造反、両党合わせて13人が投票せず)で同様の決議が可決していました。


画像:テスター上院議員、カウボーイ・ステートからの選出

 

(出所:Jon Tester/Flickr)


共和党が反対する理由として、以下を挙げます。


・資金運用者が投資家の同意なしにリベラル寄りの政治課題を追求できるようになる。

・最大の投資リターンを追求するより、気候変動対策などを重視する恐れがある。

・”Woke Capitalism”の一環である(woke Capitalism=社会的正義を目指した資本主義とは、人種問題の撤廃、女性の地位向上、LGBTQの権利促進など社会的な正義を追求する企業の取り組みを指す。転じて、こうした取り組みへの支援活動を通じ顧客を獲得する行為を含む場合も。この言葉はニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ロス・ドゥーダットが2015年に最初に紹介)

バイデン大統領は当然、この決議に拒否権を発動する見通しです。ちなみに、バイデン氏が大統領に就任して拒否権を行使するならば、今回が初となります。


2024年の米大統領選を前に、反ESGで攻勢を掛ける共和党


拒否権が発動され今回の規則変更が認められたとしても、新たな規則は、年金基金がESG基準を考慮することを義務付けるものではありません。また、民主党議員が主張するように、今回提示された規則変更はあくまでファンドマネージャーの決断に委ねられるものです。


それでも、共和党が強硬に反対したのは2024年の米大統領選を念頭にESGを標的に掲げているためです。米上下院の共和党議員はもちろん、2024年の米大統領選出馬を念頭に入れるフロリダ州のデサンティス知事まで、共和党内でESGに対し統一戦線を張る状況。今回の規則変更をめぐり、1月にはユタを始めとする25州(ケンタッキーとルイジアナ以外は全て共和党知事州)の州司法長官は、退職年金基金にESGを考慮することを認める米労働省の規則変更は法的権限を逸脱しているとして、米労働省を提訴したものです。


米上院銀行・住宅・都市問題委員会は22月12月、ESG投資に積極的な運用会社ブラックロック、バンガード、ステート・ストリートのビッグ3を”新たな皇帝”と呼び、2050年までに温室効果ガス排出量をネットゼロとする目標を推進する上で、合計18兆ドルの運用資産を活用し、影響力を行使していると批判しました。さらに下院の共和党議員は、ESGを推進する運用会社に対し、反トラスト法調査の準備を進めています。


画像:年初来リターンはブラックロックが4.5%安、ステート・ストリートは13.2%高(バンガードは非上場)

(出所:Tradingview)


そのほか、フロリダ州やテキサス州、ウエストバージニア州、ルイジアナ州、ミズーリ州などの共和党幹部はブラックロックから数十億ドルの運用資金の引き揚げを決定。こうした流れは少なくとも15の州で受け継がれ、ESG投資の方針を持つ企業との契約や退職年金基金へのアクセスを制限するような法案提出に動いています。


共和党がESGを攻撃する理由は、共和党支持層の間でのESG投資への関心の低さとwoke capitalismへの反感に加え、石油・天然ガス・石炭など脱炭素化で矢面に立たされる企業の後方支援が必要と考えるためでしょう。


2023年は既に米連邦債務上限問題で2011年と同様の流れを迎えていますが、2023年の共和党による反ESG運動は、2010年に成立した医療保険制度改革(オバマケア)の反動で政治トレンドと化したティーパーティー運動の再来となるのでしょうか。


ストリート・インサイツ

金融記者やシンクタンクのアナリストとしての経験を生かし、政治経済を軸に米国動向をウォッチ。NHKや日経CNBCなどの TV 番組に出演歴があるほか、複数のメディアでコラムを執筆中。

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