2024年3月28日、顧客から高級腕時計を預かり、希望者に貸与するシェアリングサービス「トケマッチ」をめぐり、預かった時計を無断売却した経営陣2名が、業務上横領の容疑で国際手配されました。手配された元代表ら2名は現在、中東のアラブ首長国連邦(UAE)に向かっているとみられます。この企業を次世代の産業を担うスタートアップの1社として報じたNHKの特集に対し、強い疑問の声があがっています。
「スタートアップの光と闇」を報じたNHKのクローズアップ現代
スタートアップは外部からの資金を集め、短期間での急成長を目指す企業の形態です。硬直化した産業にあらたな光を灯す一方、10社のうち9社が失敗するともいわれています。2024年2月26日、NHKはスタートアップの最新事情として、同局の目玉番組のひとつであるクローズアップ現代にて特集を組みました。
参照:NHK スタートアップは社会を変えるか 革新ビジネスの光と影
番組は前半の大部分を、新型飛行物体の開発を目指すも頓挫し、先日倒産した企業を特集します。筆者も番組を視聴しましたが、決して肯定的な扱いではなく、失敗事例の報告特集の印象が強いものでした。
同企業が必要とする膨大な資金を集めるために、実際には成功していない飛行技術をアピールし、資金調達に挑んでいたことは許しがたい事象です。ただ、先に資金を集めなければいけないスタートアップは、誤解を恐れずにいえば「等身大では事業が継続できない」性格を持ちます。自分たちの取組みがレバレッジをかけて社会に浸透していけば、これだけのイノベーションが起こる。だから資金を集めますという流れです。
だからとって成功していない事象を、成功したと宣言することは許されません。そのなかのコンプライアンスと将来の可能性のなかで、あらたなサービスが定着していく。この日のNHKの特集は、最初からスタートアップの可能性を大きく否定する企業選びでした。筆者もスタートアップの世界に長く身を置いていますが、「なんで最初の特集がこの会社なの?」という驚きの声がまず上がりました。
次いで特集されたトケマッチ
ついで特集されたのがトケマッチでした。この時点でトケマッチはサービスを停止し、預託された高級時計は本当に大丈夫なのか?と訝る声が上がっていました。NHKがどのような思惑で2社目にこの会社を選んだのかは定かではありませんが、そこから約2カ月でこの事態です。当時から経営陣が偽名を使っていたこともあり、「トケマッチ=スタートアップの失敗の代表格」と報じるには配慮がまったく足りなかったと考えられます。これでは、スタートアップは皆詐欺、と印象づけられても仕方がありません。
なお30分あまりの同番組はその後、資金調達に駆けまわる経営者や、大学生の起業予備軍を特集して終わりました。番組自体の評価はさておき、トケマッチはスタートアップではなく詐欺会社だよね?という印象を残した放送回でした。
スタートアップ特集を閉鎖する日経新聞
2024年3月27日、NHKと並んで社会的信用度の高い日本経済新聞(日経新聞)が、スタートアップ特集の廃止を宣言しました。スタートアップによって成長した各種企業が既存産業に引けを取らなくなったという解釈もできますが、性善説を待たずとも「スタートアップに距離を置いた」と解釈されるのが自然ではないでしょうか。
参照:日本経済新聞 「スタートアップ面」は今回で終わります。
スタートアップも社会的に大きく注目された時期が長くなり、玉石混交の企業が現れてきたのは否定できません。また日経新聞もNHKも紙面構成や番組構成を判断する権利があります。今回のNHKの特集と日経の廃止が、連動しているものではないことも理解できます。
またNHKが特集したあと、時間が経過してからトケマッチは刑事事件化しています。2月の特集の段階で、トケマッチに怪しいところは無かったから番組に取り上げたとしても、決して嘘ではないでしょう。ただ、突然のサービスの停止など疑念が持たれていたことも事実であり、スタートアップの闇として取り上げるにはいささか乱暴だったこともまた、間違いはないものと考えられます。
国は引き続き、スタートアップへの全面支援を約束しています。注目の増減はあろうとも、スタートアップの価値は縮小化する日本経済にとって、今後も間違いなく必要なものです。「テレビで見たけれど、スタートアップでは詐欺と変わらないんでしょ?」という声に負けず、これらの可能性を信じていきたいものです。