投資ビギナーも知っておきたい「インサイダー取引」

新NISA(少額投資非課税制度)をきっかけに、初めて証券口座を開設した人や、これから証券口座を作ろうと検討している人が増えているようです。証券会社で口座を作る際には、氏名や住所はもちろんのこと、投資の意向や経験、さらに「内部者(インサイダー)登録」という届け出もあります。


記入事項が多くて面倒、という声も聞こえてきそうですが、「内部者(インサイダー)登録」は「インサイダー取引」を予防する目的で、証券会社が顧客に登録を要請する大切な事項です。


「インサイダー取引」とは


「インサイダー」という言葉は、「一部の人だけが知っている情報」という意味で一般化しているので、日常会話で使っている人もいるかもしれませんね。


金融取引における「インサイダー取引」は「内部者取引」とも呼ばれ、上場会社等の関係者(会社関係者)が、立場上、重要な情報(重要事実)を知り、その情報の公表前にその会社の株式等を売買して利益を得ようとすることです。利益を得るだけでなく、損失を回避することも含まれます。


この行為は、金融商品取引法によって禁止されています。未公表の情報を知る人だけが有利な取引をしてしまう市場は、公正ではないからです。インサイダー取引違反は、厳しい刑事罰や課徴金が科せられます。


「上場会社等の関係者(会社関係者)」とは?


インサイダー取引規制の対象者は、その上場会社の関係者だけでなく、その情報を知った会社関係者から情報を直接受け取った「情報受領者」にも範囲が及びます【表1】。



情報受領者は、その上場会社に勤めていなくても対象になり得ます。会社関係者が、重要事実の公表前に、誰かに利益を得させる目的や損失回避目的でその情報を伝え、受け取った者が公表前に取引をすると、違法です。


ただし、公表前の情報伝達であっても、業務上必要な情報共有であり、金融取引で利益を得たり損失を回避したりする目的でない場合は、違法ではありません。


インサイダー取引の対象となる「重要事実」とは?


規制の対象となる「重要な情報(重要事実)」は、金融商品取引法や関連法令に規定されています【表2】。


ズバリ、会社の株価に影響を与える情報です。具体例としては、株式の発行や公開買付け(TOB)、合併、業績予想・配当予想の大幅修正、業務提携などの経営上の情報や、巨額の架空売上、製品の検査数値改ざん、行政処分などの悪材料となり得る情報、災害などによる損害、巨額の協調融資、などです。


なお、「決定事実」、「発生事実」の中には、影響が軽いものであれば重要事実として取り扱わず、インサイダー取引規制の対象外になる場合もあります。


また、「公表」については、次のいずれかを行なった時、と定められています。


●上場会社等が、法令に定められている2つ以上の報道機関(新聞やNHKなど)に重要事実を公開してから、12時間が経過した場合(いわゆる「12時間ルール」)


●上場会社等が上場する金融商品取引所等に重要事実を通知し、その金融商品取引所のホームページ(適時開示情報閲覧サービス)に掲載され、公衆縦覧に供された場合


●重要事実に係る事項が記載された有価証券報告書、半期報告書、臨時報告書等が公衆縦覧に供された場合


その会社のホームページに掲載されただけでは、ここでいう「公表」には該当しないので、注意が必要です。


その重要事実が公表された後は、会社関係者や情報受領者であっても、一般の投資家と同じようにその上場株式等を売買できるようになります。その情報に関して、他の投資家との情報格差がなくなるからです。


インサイダー取引の罰則は?


刑事罰・課徴金納付命令の対象です。


刑事罰としては、5年以下の懲役、もしくは500万円以下の罰金です。これらの両方が科される場合もあります。なお、インサイダー取引を行った違反者だけではなく、所属する会社等も罰金が科されます。


さらに、そのインサイダー取引で得た財産は、原則として、没収・追徴されます。ここで没収・追徴の対象は「犯罪行為により得た財産」と定められています。「利益」ではありません。インサイダー取引によって得た利益ではなく、取引した財産すべてが没収・追徴されるという解釈になっています。


例えば、重要事実の公表前に、200万円でその会社の株式を買い、公表後に値上がりしたその株式を300万円で売ったとしましょう。この場合、利益である100万円ではなく、売却代金全額の300万円が没収されるという解釈です。


また、行政上の措置として、課徴金を納めなければなりません。課徴金は、金融商品取引法で「実際の買付・売付代金と公表後2週間の最高値・最安値の差額」と定められています。


さらには、懲戒処分を受けたり、社会的に・信用を失ったりしますので、その後の人生が大きく変わってしまうかもしれません。


意外と身近にある「インサイダー情報」


インサイダー取引のタネは、身近なところにも転がっています。例えば以下のようなケースは、インサイダー取引違反に抵触します。


●経理担当の同僚社員から、業績悪化により損失を発表すると聞き、保有していた自社株を公表前に売却した


●退職者が、在籍中に自社の業績が好調である事実を認識しており、退職の1ヵ月後に退職した会社の株式を買った


●取引先の会社が大手の会社と業務提携をすることになり、その情報が公表される前に親族に情報を伝え、親族が取引先の株式を買った


●居酒屋で飲んでいたら、隣のテーブルにいた別の客グループが勤務する会社の合併話が耳に入り、そのニュースが公表される前にその会社の株式を買った


インサイダー取引規制は、情報を知った人が売買すると罰せられるだけでなく、その情報を伝えた人も罪に問われます。また、インサイダー情報を得て買った株式を、売らずに持っていて実現益を手にしていなくても罰せられます。


では、勤務する会社や取引先の株式は売買してはいけないのかというと、そうではありません。重要事実等が公表された後に行う売買や、重要事実等を知らずに行う売買は、インサイダー取引ではないのです。


ただし、職務によっては他の同僚よりも厳しい社内ルールが設けられている場合もあります。勤務先の社内ルールに従ってください。


インサイダー取引だけの問題ではなく、日ごろから、社内のコンプライアンスを守る勤務姿勢も大切です。社内の重要事実は、たとえ家族や友人であっても、安易に漏らさないのは言うまでもありません。


ファイナンシャル・プランナー

石原 敬子

ライフプラン→マネープラン研究所 代表 ファイナンシャル・プランナー/CFP®認定者。1級ファイナンシャル・プランニング技能士。終活アドバイザー® 大学卒業後、証券会社に約13年勤務後、2003年にファイナンシャル・プランナーの個人事務所を開業。大学で専攻した心理学と開業後に学んだコーチングを駆使した対話が強み。個人相談、マネー座談会のコーディネイター、行動を起こさせるセミナーの講師、金融関連の執筆を行う。近著は「世界一わかりやすい 図解 金融用語」(秀和システム)。

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