東京証券取引所は24日、株式投資における最低投資金額を10万円程度に引き下げるよう上場会社に求める方針を発表しました。
引き下げ要請については、日本経済新聞が23日の夕方に電子版、そして24日の朝刊でも報じていましたので、発表自体に驚きはありませんでしたが、内容についてはこれまでの投資環境が大きく変わる可能性のある非常に興味深いものです。
この最低投資額10万円への引き下げというのは。東証が主に個人投資家に向けて、日本株に投資しやすい環境を整備すべく、「少額投資の在り方に関する勉強会」を設置し、課題や方策について検討を行って来た内容を取りまとめたものになります。
東証ではこれまでも上場する企業に対し、最低投資額を50万円未満とする努力義務を定めていました。一方で、2024年より新NISAが開始され、現役世代など多様な投資家の資産形成の促進や裾野拡大が重要となるなか、日本市場は、1株単位での売買が可能な米国市場など海外市場と比べて引き続き投資単位が高いことから、より投資しやすい環境整備が求めらている、と今回の要請の背景を説明しています。
10万円という金額の基準は、東証が個人投資家向けに行ったアンケートをもとに、一番多かった水準として示したものになるようです。同アンケートでは10万円からが全体の26.2%ともっとも多く、次いで20万円からが16.9%、5万円からが16.1%となっています。東証が現状で努力義務として定める50万円の水準だと0.4%に過ぎず、個人投資家の求める水準とは大きな乖離があるようです。
海外の主要取引所における投資単位の水準
東証公表資料よりDZHFR作成
現在、日本市場のなかでも代表的な銘柄で構成される日経平均株価に採用されている銘柄にしぼっても、最低投資金額が50万円を超えるものはたくさんあります。代表的なところではファーストリテイリング<9983.T>やキーエンス<6861.T>などでしょうか。これらの銘柄は1単元投資するのに400万から600万程度必要になりますし、一時期は分割により最低投資金額が下がった任天堂<7974.T>も再び足もとの価格では再び100万円を超える額が必要になってきました。
新NISAでは成長投資枠で年間240万円が一番大きな枠になります。前述したファストリやキーエンスをNISAで買おうとしても買えない。制度が利用できないという状況にあることは、NISA制度をより浸透させていくためにも改善すべき部分だとの考えは理解できます。
最低投資金額の引き下げに関する具体的な方法としては、東証では株式分割を考えているようです。単元制度を変更し、100株ごとではなく1株ずつでも買えるようにするためには、会社法の改正などをはじめ、議決権の問題などクリアすべきハードルが複数存在するため、まずは企業側に分割を促す方向で改革を進めるもようです。
また、東証ではただ企業側に最低投資金額の引き下げを要請するだけでなく、引き下げた場合のメリットについても同資料のなかで触れています。例えば、投資単位の引下げは、売買のタイミングや方向が異なる様々な投資家が参加しやすくなることから、過度な株価変動の抑制や市場の流動性向上、上場会社の株主構成の多様化へも寄与すると説明。個人投資家比率の高い上場会社は、株価が大きく下落する局面において株価変動率が相対的に小さい傾向があるとのデータも示していました。
また、証券会社から提供されたデータをもとにNISA口座(成長投資枠)における株式の買い付け額(月間平均)は5万円から20万円程度で若年層ほど少ない傾向にあるとの数値も示しています。
こうしてみると、個人投資家にとっても企業にとっても良いことばかりのように聞こえますが、当然有形無形のデメリットは存在します。企業にとっては株主数が増えれば、それだけ関連する作業や手間も増えることになります。
また、投資家の中でもいわゆる短期トレーダーと呼ばれる人たちにとっては、それまでとは違う投資家たちが参加することで銘柄の値動きが従来のものとは変わり、それまでと同じ手法が通用しなくなる、といったケースも考えられるでしょう。
極端に分割したことで投資家の数が大幅に増加したほか、需給の変化により株価のトレンドが変わってしまうといったケースが散見されるようなことも起こりうるかもしれません。そうなれば、企業にとっても投資家にとっても、望んだ状況とは言えなくなってしまいます。
東証では今回の取り組みで終わりではなく、今後も継続して企業や投資家とコミュニケーションをとりながら進めていくとの方針を示しています。多くの人が投資に参加し、すそ野が拡大していくことはマーケット関係者にとっても望むところではありますし、市場への影響を抑えつつ、目指すべき方向に進んでいってほしいとおもいます。