AIが浸透しても我々の「外国語習得」が不要にならない理由

プロ野球の北海道日本ハムファイターズに、台湾出身の20歳の若者がいます。2025年5月、1軍デビューからまもなくプロ初セーブを達成した孫易磊(スン・イーレイ)選手です。初セーブで勝者インタビューに立った彼は、「緊張はしませんでした。これからも頑張ります」と流ちょうな日本語で挨拶し、大きな喝さいを浴びました。


意思決定の際に加点される「相手の言葉で伝える」こと

筆者はインタビューを見て、AIによる変革が予測されている世界でこの先、「外国語を勉強する必要があるのか」と考えました。


現在、英語にしても中国語にしても、読み取りとスピーキングを極めた人材はビジネスの場において大きく加点され、活躍の場が与えられます。一方で時代は変わります。これまでも翻訳ソフトのようなものは提供され、さまざまな評価を受けていましたが、昨今のAIはそれらを凌駕する高品質のサービスが登場しています。



資料読解やリスニングはAIに代替されるのでは

無料公開されているChatGPT、GeminiとAIを触ってみて、「AIが実務の世界に浸透するのはまだ先」と悠長な考え方をしている人はもう少数派でしょう。どちらかというと「触らず関わらず」の世代こそ、悠長に構えている印象を受けます。


ともすれば半年後の2025年後半には、英語の資料はAIを通したうえで読者の母国語に変えられ、読者がそれを受けて発信する返答や作成資料もまた、AIを通して通訳される社会が到来していそうです。ものすごいスピードです。


これは書面ではなく、音声によるリスニングも同様です。電話やオンライン会議において多少の時間差はあれど、AIが両者のあいだを取り持ち、スムーズに会議を進行します。オフラインの会議はどうでしょうか。現在政府の公式行事で通訳担当の官僚が両者を介在しています。ビジネスの場においては、これをAIがリアルタイムで繋ぐことになっていくでしょう。


「自分たちの言葉で話ができるんだ」による加点

「ではもう外国語を勉強する必要はないんだ」と読みかけの学習本を投げ捨てようとした読者さんは、少し落ち着いてみましょう。


ここで登場するのが、冒頭の孫投手です。孫投手は日本に来て2年目、慣れない国での寂しさと、ハイレベルな野球の競争のなかでもしっかりと日本語を学び、今回披露するに至りました。彼の親世代、祖父母世代の多くが、自分の子どもや孫のように彼を見守りました。日本語で話をしていなかったら盛り上がらなかったか?とは思いません。ただ、短期間で学んだ日本語の披露に、より暖かい空気が満ちたのは事実です。


この先、言語の異なるビジネスの場にどれだけAIが浸透したとしても、最終的に決め手となるのは、この「自分たちの言葉でも話ができるんだ」になると筆者は考えています。


AIに頼ろうとしなかったこと、今回のために時間を割いて勉強したことはもちろん、自分たちのコミュニティに招いても大丈夫という安心感に繋がっていきます。ましてビジネスは相見積もりの場です。複数の候補社のなかの一社が完ぺきではなくても、自分たちの母国語を勉強し披露した。それは親近感という名の優位性に繋がっていくと考えられます。


もちろん前提として、こちらの提案した商品やサービスの品質が合格点にあり、競合他社に秀でていた、もしくは同等の評価を得ていたという事実があっての話ではあります。



ポイントは懇親会後の「ジャンクワード」?

相手方の言語習得が親近感につながる最大の場は、契約を完了してお酒を酌み交わす際に待っています。いわゆる懇親会後の「ジャンクワード」です。議事録に残ることは無くても、アルコールの入ったハイな状態で相手が自分たちの言葉を話していると、やはり信頼感につながります。距離の近い会話にはそもそもAIは介在できないうえ、ジャンクワードに対応するAIも見つからないでしょう(そもそも対応する必要はありません)。今後も語学を学習する、意外な狙い目であるように感じます。


もちろん意思決定者の性格は千差万別です。相手が母国語で「機嫌を取らなくても」、提案内容で決めるタイプもいます。どのぐらいの人が親近感タイプなのかは国にもよれば、会社ごとに異なるでしょう。対する営業側は一社のために語学を勉強するわけではないのですが、自社にとって語学学習を進めた方がいいのか、コストパフォーマンスを意識して時間を費やしていきましょう。


残るは言語選択の問題です。その時に変わらず世界の覇権を握る英語がいいのか(2025年は世界をかき回す国の印象が強いですが)、日本に影響力の強い中国語を学習すべきかは判断の残るところです。こちらも属する領域やコミュニティによって決めていきましょう。


公式の場ではAIを介したやり取りが進み、乾杯をしたあとはAIが忌避される社会も、解釈によっては「AIとの共存」といえるのかもしれません。

独立型ファイナンシャルプランナー

工藤 崇

株式会社FP-MYS 代表取締役 1982年北海道生まれ。相続×Fintechサービス「レタプラ」開発・運営。2022年夏より金融教育のプロダクト提供。上場企業の多数の執筆・セミナー講師の実績を有する独立型ファイナンシャルプランナー(FP)。

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