米為替報告書、バイデン政権で位置づけが変わった可能性

為替操作国「監視対象国」から除外された意味は?


米財務省が6月16日に公表した為替報告書は、日本を「監視対象国」から除外し大きな話題となりました。

足元で円安が加速し介入観測が再燃するなか、2022年9~10月当時と同様にドル売り・円買い介入にお墨付きを与えたと解釈されたためです。

かくいう筆者も、そのように捉えています。

一方で、主要貿易相手国について分析を行う枠からも日本が外れたとして、日本の地位低下を懸念する声も聞かれます。

様々な疑問が浮かびますが、そもそも為替報告書とは何かを振り返ってみましょう。


為替報告書とは


為替報告書は1988年に成立した包括通商・競争力強化法に基づき、公表されるようになりました。

当時は米国で双子の赤字が問題視され、日米貿易摩擦に揺れ、1987年には当時のレーガン大統領が日米半導体協定違反を理由に日本製テレビに100%関税を発動するような一幕がありましたね。


オバマ政権の2015年には、前述の包括通商・競争力強化法と合わせ貿易円滑化・貿易執行法701条が根拠法として追加されます。

包括通商・競争力強化法は為替操作国に対し為替政策の是正を勧告する程度だった一方で、貿易円滑化・貿易執行法701条が加わったことにより、3つの条件に基づき、該当する場合は二国間協議を通じ、問題が解決されない場合は、関税など制裁措置が講じられる仕組みとなっています。


1989年の4月からリリースされ、当初は年に一度でしたが、1992年以降は一部の年を除き半期に一度となり、2013年から2018年までは4月と10月に公表されるようになったものの、トランプ前政権で対中追加関税の発動などの影響か不定期となり、今に至ります。


1988年の包括通商・競争力強化法に、2015年貿易円滑化・貿易執行法701条が加わった結果、為替操作国は2016年公表分の為替報告書から、貿易黒字、経常収支、為替介入に関わる3つの条件に該当する国が認定されるようになりました。一方で、2つ該当する国向けに「監視対象国」リストが作成されるようになります。日本はこの2016年以降、常に「監視対象国」であったわけですが、晴れて今回、リストから外れました。3つの条件については。以下のチャートでご確認下さい。


チャート:2023年6月公表分の為替報告書、日本が対象国から除外 


為替報告書、「為替操作国」認定は政治的で相手国との関係次第?


今回、3条件のうち該当項目が1つのみだった日本が「監視対象国」から除外された半面、中国についてはバイデン政権発足後、3条件のうち2022年12月公表分以外、1つしか該当していませんが「監視対象国」であり続けています。最新の為替報告書では、理由について「中国は貿易不均衡が大きいだけでなく、為替介入の公表データを公表せず、透明性が欠如するなど主要国の中では異例な存在で、財務省はその動向を注視する必要がある」と説明し続けてきました。


その中国といえば、トランプ大統領(当時)が2019年8月5日、5月分が公表されてまもなかったにもかかわらず、人民元が1ドル=7元の節目へ下落したタイミングで「為替操作国」認定を発表しました。1994年以来の操作国認定はトランプ氏の公約であり、対米追加関税発動を受け両国間で貿易戦争が激化していた最中での決断となりました。しかし、2019年12月に米中第が第1段階の合意に達した流れを受け、2020年1月公表分で「為替操作国」認定を解除するに至ります。


反対にスイスとベトナムは、2020年12月公表分で1988年の包括通商・競争力強化法に基づき「為替操作国」認定を受けました。しかし、2021年4月分では、3つの条件に新たに該当した台湾を含め「為替レートを操作している十分な証拠がない」」として、為替操作国認定を見送りました。両国に対しては、二国間協議開始を経て追加関税の発動などの罰則を与えていません。さらに、該当項目が2つ以下に減少した結果、ベトナムは2022年6月分から、スイスは今回2023年6月分から「監視対象国」に”格下げ”されています。為替操作国認定が主要相手国の政治の匙加減と関係次第で、柔軟に対応する姿勢が透けて見えますね。


「監視対象国」から除外された日本、主要貿易相手国ではない?


最新版で日本が「監視対象国」から除外された結果、主要貿易相手国に関する分析・評価の枠の記述からも見当たらなくなりました。一部でこれが取り沙汰されていますが。基本的に「監視対象国」でなくなれば、ここで取り上げられないのですよ。例えば、2022年11月分で監視リスト外となったインド、イタリア、メキシコ、タイについての表記はありませんでした。


為替報告書の位置づけ、バイデン政権で変化も?


ここからが本題ですが、トランプ前政権が為替報告書を通商圧力の手段として扱った一方で、バイデン政権は中国を念頭に人権問題を軸に同志国との連携を深めてきた結果、為替報告書の位置づけが変わった可能性があります。つまり、貿易相手国への交渉のレバレッジとして活用するのではなく、同志国とそうでない相手国との線引きを測る指標になったのではないでしょうか。その一つの証左として、2021年12月公表分から、3つの条件の2つを修正してきました。1つは経常収支で、これまでの「経常黒字が当該国GDP比3%超」に「または、(GERAF)を用いて財務省が実質的に経常収支ギャップがあると推定した場合」が加えられ、2つ目に為替介入の基準に「過去12カ月間のうち8カ月以上の介入、及びGDP比2%以上の介入総額」と、8カ月以上という条件を追加しています。特に為替介入については、為替操作国認定のハードルが上がったとも捉えられます。2カ月しか為替介入していない日本にとっては、特に安堵する変更点です。


画像:米財務省、2021年12月分で3条件のうち2つの修正を発表

 

(出所:U.S. Treasury)


日米関係でいえば、G7やG20、台湾問題、インド太平洋、インド太平洋経済枠組み(IPEF)などでの協力はもちろん、日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)や地域的な包括的経済連携(RCEP)の2つに加盟する事情もあり、米国にとって重要な同盟国という位置づけと考えられます。何より、日米首脳会談では経済安全保障の協力の具体化で一致したほか、広島G7で個別声明にて「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」が公表され、連携する上での共通の責任についても明記されていました。実際、足元でマイクロン・テクノロジーは政府の補助金を受け、広島工場への5,000億円投資を決定し、インテルは理研と次世代コンピューティング分野の共同研究に向けて連携し、マイクロソフトも神戸に日本初のIoT・AI開発拠点を開設するという状況で、民間を含め日米関係の深化を物語ります。


逆に言えば、バイデン政権としても円相場の安定が日本に投資する米企業だけでなく、米国の利益につながると言えるのではないでしょうか。そういう意味で、日本が「監視対象国」から除外された意義は、意外と大きいのではと推察します。2022年の貿易相手国別の貿易額比率でみても、日本は4.3%と2015年の5.2%から低下しつつ、4位を維持していますし、日本の地位が低下したというのは、言い過ぎな印象は否めません。ちなみに、中国は対中追加関税継続に加えゼロ・コロナ政策の影響を受けたのか、2015年の16%の1位から、2022年は13.2%で3位へランクダウンしていました。


チャート:チャートの国順は、2022年の貿易額ランキング1~10位を表す

 


今年も昨年同様、介入余地があることに間違いありません。一方で、今年と昨年の違いは、海外投資家が演出した日本株高。岸田政権は昨年の日本株安・円安局面ですら「円安を生かした政策」を検討していたとされ、政府自体が現時点で円安に歯止めをかける強い意欲があるかどうかは、別問題かもしれません。


ストリート・インサイツ

金融記者やシンクタンクのアナリストとしての経験を生かし、政治経済を軸に米国動向をウォッチ。NHKや日経CNBCなどの TV 番組に出演歴があるほか、複数のメディアでコラムを執筆中。

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