北海道の中央部に千歳市という街があります。人口は10万人弱、失礼ながらどこにでもありそうな地方都市なのですが、北海道を代表する国際空港である新千歳空港を所在しているため、日本はおろか世界的にも有名な自治体です。2022年、この街に国家肝いりの半導体メーカーが工場を建築することとなり、大きな話題となっています。半導体は1990年代まで日本の存在感が高い領域でしたが、最近は諸外国に遅れています。その挽回の期待も背負っています。
外国水準を目指す日本の半導体×北海道
今回の主人公である千歳市は私事ながら筆者ととても関わりのある都市です。千歳市中心部にある北海道立千歳高校は、筆者が約30年前に高校生活を送った道立高校です。そんな千歳に一大工場の建築を決めたのはラピダス(Rapidus)株式会社です。
2022年8月、日本国内を代表するトヨダ自動車、ソニーグループ、NEC、デンソー、NTT、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社から総額73億円の出資を受け、日本の半導体技術を外国水準に追いつくことを目指して創立されました。純粋な民間事業というよりも、産業界の期待を一身に背負ってスタートした存在であることがわかります。
1990年代、半導体市場における日本の存在感は絶大なものでした。ただ2000年以降の貿易摩擦と関連する政治協定により、半導体の市場はアメリカ、そして韓国や台湾といった日本周辺の国に主導権が移行しています。時価総額の高い半導体、およびIT関連の企業と聞いて、多くの方が日本よりもアメリカや韓国、台湾初の名前が出てくることでしょう。
合わせて優秀な研究者やエンジニアの海外流出が重なります。今日になって技術の最先端領域を確保することの大切さを再認識した日本は多額の資金を出資し、官民共同でラピダスを設立しました。最先端の技術を素にした工場を稼働させることで、今後の半導体市場の主導権を取りに行こうとする目論見です。
大きな課題は、ラピダスを代表する工場をどこに建築するかという意思決定でした。ある日の夕刻、ラピダスから千歳へのアプローチが開始され、産業界や北海道からのトップセールスも手伝い、2023年9月に工場の施工がはじまる流れとなりました。
北海道の広大な土地の有効活用に期待
ラピダスの工場招致レースでは、茨城県つくば市をはじめ6カ所から絞り込まれていきました。半導体の生産に不可欠な大量の水や電気、輸送に使うアクセスの良さが決め手になったと、ラピダスの招致成功を報じた北海道新聞がレポートしています。
北海道の広大な土地は富良野や美瑛の色とりどりな畑の印象が強いため、一大工場地帯といわれても余りピンと来ない方もいます。千歳、そして札幌のある石狩平野は日本有数の平野地帯で、石狩川という河川も流れています。綺麗な水と空港へのアクセスを必要とする半導体のような業態からの人気は確固たるものとなっており、今回はその1つとしてインパクトのあるニュースが報じられました。
これは北海道の事例ですが、日本列島の各地のイメージというのは一度定着したまま、更新されていないものも多くあります。これから進行する少子高齢化では、1年に60万人が減少するといわれています。まさに県庁所在地に匹敵する中核都市が消滅する勢いです。
そんななかで北海道は農業、北海道は観光都市というこれまでの威光では、投資が続かなくなる可能性も強いものになります。今回の半導体のニュースは出身地贔屓もありますが、筆者は北海道の新たな顔を印象づけるインパクトを感じました。今後は人口減少に抗って産業再生を進めるなかで、これまでのイメージから生まれ変わらせる試みが各地でより積極的に成されていくことでしょう。
工場が中心となり街をつくることへの期待
ラピダスに限った話ではないですが、工場が建築されると様々な付加価値が生まれます。研究者や工場勤務者の家族、彼らが生活するための生活産業が教育産業など、工場が出来るというより1つの新しい街ができるという表現の方が正しいのかもしれません。千歳から北海道最大の大都市である札幌まで約40分、札幌における消費にも大きな効果が期待できます。
今回建設地に決まったのは千歳市の美々(びび)地区といい、西側の道路を挟んで国際空港である新千歳空港が広がります。また東に進むと日本最大の馬産地であり、社台ファームやノーザンホースパークといったサラブレッドの育成地が並びます。広大な北海道のなかで、集中した地域で複数の表情を持つ地域です。
2023年9月の工場施工後は建設状況のニュースに加え、半導体事業の復活に期待する声も次々と報じられていくことでしょう。北海道の新しい印象と、同様に外国に追い抜かれた半導体事業の復活の様相が重なり、日本中から世界に新たな印象をもたらすことを期待します。