米国ではインド出身の最高経営責任者(CEO)の活躍が目立っています。特にIT企業での存在感が大きく、マイクロソフト(MSFT)のサティア・ナデラ氏、グーグルと親会社アルファベット(GOOGL)のCEOを兼任するスンダル・ピチャイ氏、IBM(IBM)のアービンド・クリシュナ氏、アドビ(ADBE)のシャンタヌ・ナラヤン氏が代表格といえそうです。4人は全員が南インドの出身です。
4人が率いるマイクロソフト、アルファベット、IBM、アドビはすべて生成人工知能(AI)に力を入れています。前回はマイクロソフトの取り組みをご紹介しましたので、今回はアルファベット、IBM、アドビの動きをお伝えします。
アルファベット、バードで巻き返し
マイクロソフトが自社の検索エンジン「Bing(ビング)」に生成システムのGPT-4を搭載した「新しいビング」をリリースしたことに危機感を抱いたとみられるのが、ピチャイCEO率いるグーグルです。グーグルは検索エンジン分野で牙城を守り続け、ここ十数年にわたりライバルによる脅威らしい脅威に見舞われていなかったとされています。
アルファベットの2023年4-6月期決算の売上高は746億400万ドルで、グーグル事業の広告収入は売上高全体の78%に当たる581億4300万ドルです。動画共有サイトの「ユーチューブ」などの広告収入が伸びていますが、「検索エンジンとその他」による広告収入が依然として最大の収入源で、売上高全体の57%を占めています。
検索エンジン分野での大幅な市場シェア低下は売上高の減少につながり、屋台骨が揺らぐ事態に直結しかねません。グーグルはすでに自社のブラウザー「Chrome」の拡張機能で、チャットGPTを使用できる仕組みを取り入れています。検索エンジンの結果と一緒にチャットGPTの応答を表示する便利な機能を導入することで、グーグル離れを防ぐ狙いがあるとみられます。
一方、自社の生成AI開発にも余念がありません。2023年3月には米国と英国で対話型AIの「Bard(バード)」の一般公開を始めました。「鳥(bird)」ではなく、「吟遊詩人」という意味で、言葉を紡ぎ出すイメージが浮かびます。日本などでもリリースしています。
続く4月には親会社のアルファベットがAIの研究開発部門を再編すると発表しました。子会社の英ディープマインドとグーグルのAI開発部門を統合し、グーグル・ディープマインドを新設する計画です。AI研究開発体制の一本化を通じ、リソースの有効活用やシナジー効果の創出を目指すとみられます。
さらに5月にはグーグルのピチャイCEOが英国のスナク首相と面談しました。AIの領域での協力について話し合ったと報じられています。スナク首相もインドにルーツを持つ人物です。グーグルもピチャイCEOを軸にさまざまな取り組みを加速させており、生成AI分野での優位を狙っているようです。
IBM、AIの有効活用に主眼
AIの先駆けとして知られる「ワトソン」を開発したIBMは、人間の能力をAIで補完することに主眼を置いています。補助業務に徹するため、ワトソンは名探偵ホームズの助手である「ワトソン君」に由来すると思われることもあるようですが、実際にはIBMの創業者から名前を拝借しているそうです。
ワトソンは2011年に米国でテレビのクイズ番組でチャンピオンを破るという快挙を成し遂げ、脚光を浴びましたが、その後はやや開発が停滞します。こうした中、1990年にIBMのワトソン研究所で技術者のキャリアをスタートさせ、技術畑一筋を歩み続けてきたアービンド・クリシュナ氏が2020年にCEOに就任しました。
クリシュナCEOは、グーグルやオープンAIに出資するマイクロソフトと同じ土俵で勝負する気は毛頭ないようです。2022年にはAIの分野で「ムーンショット(月探査ロケットの打ち上げのような壮大な計画)にトライするべきではない」と語っています。
2023年5月には、生成AIと基盤モデルに焦点を当てた新しいAIプラットフォーム「IBM watsonx」を発表しています。企業のニーズに合わせて提供し、AIのビジネス面での活用を支援します。チャットGPTやバードのような汎用モデルではなく、企業向けに特化したAIのプラットフォームです。
クリシュナCEOは5月に開いた年次イベントの基調演説で「生成AIの技術とそれを生かして価値を生み出す技術は別物」と指摘し、AI活用の具体的な成果を追求する方針を示しました。また、「企業用のAIで誤った答えを出すわけにはいかない」と汎用型の生成AIの弱点をちくりと皮肉っています。
アドビ、画像生成AIで存在感
シャンタヌ・ナラヤンCEO率いるアドビは2023年3月に画像生成AIの「Firefly(ファイアフライ)」の試用版をリリースしました。テキストから画像を生成するという点ではそれほど真新しさはありませんし、デザインやデジタル画像の分野の先頭ランナーであるアドビにしては出遅れたという印象を持った人もいたようです。
ところが実際に試用版がリリースされると、1周先を走っていたことが判明しました。画像生成AIの分野で難関とみられていた著作権問題をクリアしていたのです。
従来の画像生成AIではネット上に出回る大量の写真やイラストなどでトレーニングしており、著作権の面ではグレーと位置づけられていました。企業としては訴訟リスクを抱えたまま、安易に画像生成AIを使うことはできません。
一方、アドビはファイアフライについて、自社で権利を保有する画像や知的財産権が生じないコンテンツだけでトレーニングされたAIなので、著作権問題が生じないと説明しています。
2023年6月にはファイアフライのエンタープライズ版を発表しました。著作権問題をクリアした画像であれば企業も安心して利用できます。AIで生成した画像の商業利用の面で先行できるのかもしれません。