米国での銃乱射事件と聖書の、知られざる関係

銃と人、どちらが悪なのか

 

 「心はよろずの物よりも偽るもので、甚だしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか」――とは、旧約聖書にある三大預言書のひとつエレミヤ書の一節です。米国では、銃乱射事件が発生すると、この一節を用いた論争が発展します。

 

聖書と銃乱射事件にどのような関係性があるのかを紐解くには、アダムとイブの子供で人類最初の兄弟であるカインとアベルの物語との結びつきを知る必要があります。2人は神様への捧げ物として、農夫のカインは大地の恵みを、羊飼いのアベルは羊の群れの中から肥えた初子を持ってきました。しかし、神様はカインからの捧げ物を受け取らず、カインはアベルを殺してしまいます。この人類初の殺害事件とエレミヤ書の一節の解釈として「カインはアベルを岩で殺した。問題は(凶器である)岩ではなく心で、同様に銃が問題ではない」との考え方が米国で広まるようになりました。つまり「精神疾患を抱える者が銃を使うことこそ問題で、銃そのものが諸悪の根源というわけではない」というのが、米国内の銃規制反対者の根拠となっているというわけです。この言葉は、米国ではこちらのように屋外広告の看板として見かけることもあります。

 

画像①:「カインはアベルを岩で殺した。岩ではなく、心が問題」との看板広告


(出典:LEVAIRE)


テキサス州南部ユヴァルディで5月24日、7歳から10歳の生徒19人と教師2人、合わせて21人が死亡するという痛ましい銃乱射事件が発生しました。アボット州知事は事件後「犯人は心の病という困難を抱えていた」と発言。これに対し、リベラル寄りのメディアCBSは、「アボット氏はメンタルヘルスの予算を削減した」と批判の矛先を向けています。今年11月に行われる同州知事選挙で民主党候補となり、アボット氏と一騎打ちとなるベト・オルーク氏は、アボット氏の会見場に乱入し「(2018年5月に発生した)サンタフェ高校銃乱射事件以降、あなたは何もしなかった・・あなたのせいだ!」と糾弾していました。


 

画像②:記者会見場に乱入し、アボット州知事を非難するオルーク氏。両者は、11月8日のテキサス州知事選で衝突する予定


(出典:CNN Beto O'Rourke interrupts Gov. Abbott's news conference


銃犯罪とメンタルヘルスの関係

 

日本人からすると、銃乱射事件と精神疾患を結びつけるなんて、論理の飛躍としか考えられません。しかし、米国では、米国精神障害者家族連合会(NAMI)によれば2020年に5,290万人、5人に1人が心の病を経験済みで、20人に1人が深刻な状態なのだとか。30人に1人が精神疾患で通院あるいは入院する日本と比べ、より身近な問題と言えるでしょう(ただし、一説では日本でも5人に1人が心の病に罹りうるとの試算も)。

 

パンデミックが、米国人の精神衛生に大きな挑戦を投げかけた事実もあります。米国勢調査局によれば、2021年1月時点で米国人の41%が不安障害あるいは抑鬱障害を訴えており、CDCが2019年1~6月に調査した11.0%を上回っていたことでも、明らかです。そして、奇妙なことに2020年以降、銃撃事件は急増中で、2020年は前年比33%増の40件、2021年は53%増の61件に増え、2017~19年の30~31件を大幅に上回りました。




さらに、驚愕の事実が指摘されています。アメリカ国立衛生研究所(NIH)が2006年に公表した論文で、抗うつ薬である“パロキセチン”と“セルトラリン”の臨床試験データの他、”パロキセチン“と” フルオキセチン“の副作用調査を見直し、抗うつ剤と暴力が絡む医薬訴訟事件との関係を調査しました。一連の結果はいずれも、これらの薬物と暴力的行動との関連性を指摘していたのです。さらに、法的事例に照らし合わせ「多くの司法当局は、処方薬が暴力を誘発する可能性を考慮していないようだ」とも分析。さらに、足元の法制度は「今後も向精神薬の使用に関連した暴力のケースに直面する可能性がある」と警告していました。



一方で、メンタルヘルスと銃乱射事件の関連性をめぐる数多くの論文は、これを否定する調査結果が優勢です。例えば、米司法省が2012年に公表した論文では、ロジスティック回帰分析を基に、大半の精神衛生上の症状は銃による暴力と関係がなく、逆に銃器への容易なアクセスこそが主な原因とし「調査結果は、銃規制策にとって重要な意味を持つ」と論じています。

 

米国で28年ぶりに包括的な銃規制強化法案が成立も・・

 

バイデン大統領は5月25日、アジア歴訪から帰国後まもなく発生したテキサス州の小学校銃乱射事件を受け「もう、うんざりだ(I’m sick and tired)」と発言しました。バイデン氏の訴えが米国民に届くのかというと、アメリカ憲法修正第2条で「武器保有権」を認めるだけあって、世論が銃規制支持へ傾くかは不透明です。銃撃事件が急増する最中の2021年10月時点において、ギャラップの世論調査結果で「より厳格化すべき」との回答は52%と、少なくとも2015年以来の水準へ低下し、逆に「緩和すべき」との回答は11%と2015年以来のレベルへ上昇していました。NPR、PBSニューズアワー、マリストによる5月31日から6月1日実施の世論調査では銃規制の支持が59%と約10年ぶりの高水準だったものの、ヘッジファンド大手シタデルが治安悪化による本社移転を発表するなど、犯罪が増加する状況では、支持がいつ下がってもおかしくありません。

 

画像③:ギャラップの銃規制強化の支持率


(出典:Gallup



米上下院で可決された銃規制法案「超党派のより安全な地域社会法案」にバイデン大統領が6月27日に署名、成立しました。包括的な銃規制法案の成立は、1994年に殺傷力の高い半自動攻撃用銃器の製造などを規制した「暴力犯罪規制および法執行法」(注:2004年に期限切れ)以来、28年ぶりとなります。今回の法案の主なポイントは、以下の通り。

 

①21歳未満の銃購入希望者の身元確認強化

②裁判官が判断した危険人物から銃器を取り上げる「レッドフラッグ法」を全米50州で適用と法執行に向け7.5億ドル割り当て

③結婚していないパートナーへの虐待で有罪歴のある人物の銃販売禁止(「ボーイフレンドの抜け穴」と呼ばれる法の抜け道を塞ぐ)

④メンタルヘルスや学校警備強化に150億ドル割り当て

 

一方で、バイデン大統領を始め民主党が求めた購入年齢の引き上げ(現行の18歳→21歳)の他、自動小銃で殺傷能力が高いアサルトライフルの禁止などは、盛り込まれませんでした。全米ライフル協会(NRA)を支持基盤に持つ共和党が反対したためで、5月に銃乱射事件が発生したニューヨーク州バッファロー出身の下院議員はアサルトライフルの禁止を支持したため党内の反発に遭い、再選を断念せざるを得ませんでした。

 

NY市からテキサス州オースティンに引っ越したばかりの友人いわく「自衛する権利を奪うべきではない」とのこと。米国での銃規制への道のりは、未だ長く険しい様相を呈しています。

ストリート・インサイツ

金融記者やシンクタンクのアナリストとしての経験を生かし、政治経済を軸に米国動向をウォッチ。NHKや日経CNBCなどの TV 番組に出演歴があるほか、複数のメディアでコラムを執筆中。

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