先日、企業がM&A(合併・買収)する際に計上する「のれん」について、定期的な償却をしない会計ルールを認める動きがあると報道されました。今回は、企業会計における「のれん」について、基本的な解説と、見直しの背景について解説しましょう。
「のれん」とは
「のれん」とは、企業を買収する際に支払った金額のうち、買収先の純資産を超えた部分を指します。買収先企業の資産価値に上乗せされた価値ですから、企業のブランド力、ノウハウや技術力などの価値といえます。、
日本の会計ルールでは、「のれん」の価値は時間の経過とともに目減りするという考え方をします。買収した時に発生した「のれん」の帳簿上の金額を、原則として20年以内の期間で均等に償却することになっています【図1】。
「のれん」を毎年償却するメリットは、もしも買収した企業の業績が悪化したり株式市場が急落したりして突発的な悪材料に見舞われたとしても、「のれん」の帳簿価額の目減りが少なくすむことです。償却によって徐々に「のれん」を減らすことは、将来の損失計上の衝撃を和らげる「ソフトランディング効果」をもたらします。償却を行っていなければ、巨額な減損損失を計上しなければなりません。
日本基準の会計ルール見直しへ
日本経済新聞の報道によると、経済同友会など13の民間団体やスタートアップ、企業経営者などが連名で、「のれん」の会計ルール見直しを検討するよう、財務会計基準機構(FASF)に提案したとのことです。
FASFは、日本で企業会計のルールを作っている団体です。企業同士の業績や財務力を比較するには、同じ基準で計算した数字を使う必要があります。FASFには日本の会計ルールを作る委員会(企業会計基準委員会:ASBJ)があり、以前から、企業買収の際に発生する「のれん」について、ルールを見直した方がよいのではないかという議論がなされてきました。
このたびの「のれん」の会計処理の見直し提案の内容は、次の2点と報じられています。
(1)のれんの償却だけでなく非償却も認める選択制の適用
(2)のれん償却費を営業費用でなく営業外費用か特別損失に計上
FASFは、見直しの検討をするかどうか、今後決めていくとのことです。
「のれん」の会計ルール見直しの背景
見直しが求められた背景には、M&Aを後押ししたいという事情があります。スタートアップに資金が回るようにし、成長を促して日本経済を活性化させたい狙いです。
ところがM&Aを増やそうとしても、「のれん」の会計処理がネックになり、スタートアップの買収が思うように進んでいません。「のれん」の償却は、毎年「のれん償却費」として費用に計上されます。その分、営業利益や経常利益などの会計上の利益を減らしてしまうからです。
買収を成功させるには、ある程度高い買収金額を提示する必要があります。しかしその分「のれん」の金額も大きくなり、将来的な償却負担が重くなります。
この「のれん」の償却をせずにすむのなら、スタートアップへのM&Aが進むと見られています。M&Aによって、新しい技術や独自のノウハウを取り込んだり、迅速に成長市場に参入したり、優秀な人材を確保したりして、企業の競争力を高めやすくなります。
「のれん」における3つの会計基準の違い
また、世界で主流の会計ルールでは「のれん」を償却していないことも、見直しの議論を後押ししています。
国際会計基準(IFRS)や米国会計基準(GAAP)では、「のれん」を償却しない代わりに、毎年「減損テスト」を行っています。市況や業績の悪化、事業縮小、法や規制の変更などによって減損の兆候があると、「のれん」の減損テストを行わなければなりません。
【表】は、「のれん」に関する日本基準・国際会計基準(IFRS)・米国会計基準(US GAAP)の主な違いをまとめたものです。
日本の会計ルールでは、減損テストを行うのは減損の兆候がある場合だけです。一方、国際会計基準では、毎期、減損テストを実施し、兆候があれば追加で行います。国際会計基準の減損テストは詳細な開示を必要とし、工数も多く、監査を受けるため、負担であることも事実です。
今後、「のれん」の会計ルールに関する議論が深まることと思います。企業のM&A戦略にも関わるため、投資家としては議論の動向に注目しておきたいものです。