投資ビギナーのための「人的資本経営」入門

最近、企業の発信するIR資料やニュースの中で「人的資本」という言葉が使われる機会が増えました。企業経営において、「人」の重要性が高まる中、人材戦略は企業業績を左右するほどになっています。


その背景には、社会・経済・労働市場での変化が重なっていることが挙げられます。


人的資本経営とは


「人的資本経営」について、経済産業省では「人材を“資本”ととらえ、その価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値向上につなげる経営」と定義しています。


従来のように人材を「コスト」として管理する対象にするのではなく、人材は企業の成長を生み出す「資本」ととらえ、投資の対象と位置付ける考え方です。持続的に企業価値を高めていく原動力は「人」であるとし、人への投資や最適な人材配置が欠かせません。


また、働き手の側も、企業の人材活用方針を重視して職場を選ぶようになっています。希望する仕事(職種)にチャレンジできる環境や、育成に力を入れていること、入社後のキャリアをイメージできる仕組みなどを重視する傾向が強まっています。


少子高齢化により働き手が不足し、人材獲得競争が激化する中、魅力ある組織づくりが欠かせなくなっています。


日本における人的資本経営の意識の高まり


2020年1月に、経済産業省が「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」(座長 伊藤邦雄一橋大学CFO教育研究センター長:当時)を立ち上げました。これにより、企業が人的資本経営を実践するうえでの方向性が示され、国内企業の取組みが一気に加速しました。


同年9月、研究会の成果として通称「人材版伊藤レポート」が公表されました。レポートには、今後のアクションの羅針盤となる変革の方向性が示されています【図】。



「人材版伊藤レポート」では、企業が人的資本経営を実現するための3つの視点(Perspectives)と5つの共通要素(Common Factors)を示しています。


<3つの視点>

・経営戦略と人材戦略の連動

・As is- To beギャップの定量把握

・企業文化への定着


<5つの共通要素>

・動的な人材ポートフォリオ

・知・経験のダイバーシティ&インクルージョン

・リスキリング、学び直し

・従業員エンゲージメント

・時間や場所にとらわれない働き方


上記の共通の要素に加えて、自社の経営戦略上重要な人材アジェンダについて、経営戦略とのつながりを意識しながら、具体的な戦略・アクション・KPIを考えることが有効だとしています。


投資家向けにも人がどのように企業価値を高めるのかを開示


また、投資家からも、人の価値を最大限に生かすことが求められています。投資家は、人への投資を「長期的な成長力」とみなし、重要視するようになりました。


2023年3月期より、有価証券報告書での人的資本の情報開示が義務化されました。上場企業が提出する有価証券報告書の中に、人材育成や社内環境整備に係る方針、女性管理職比率、男女間賃金格差等について開示が義務付けられています。


一方で、形式的な開示にとどまる企業も見受けられ、金融庁は2025年中に開示の様式を改正する方針です。施行されれば、3月期決算の企業は、2026年提出の有価証券報告書から新しい様式で、より踏み込んだ説明が求められる見通しです。


改正後の様式の内容として、日本経済新聞社の報道では、人工知能(AI)の人材確保の方針やリスキリング計画、単年度の実額しか開示義務のなかった従業員の平均給与の増減率の記載、ストックオプション(株式購入権)の状況や役員報酬など、より具体的な情報開示が想定されています。


「人への投資」がもたらすこれからの経営


人的資本の情報開示は、内容そのものだけでなく、公開すること自体にも意味があります。投資家から「透明性の高い経営をしている」という評価につながるからです。


今後ますます、企業が「人材戦略」「従業員エンゲージメント」「育成・能力開発」などを積極的に開示する必要に迫られます。開示する以上は、取組みの実効性が求められます。


同時に、従業員にも変化が求められるでしょう。指示されて動くのではなく「自律的に働き、価値創造する人材」としての働き方へと。


企業と従業員の双方の取組みが相互に作用し、魅力ある企業づくりにつながることによって市場の評価にも結びついていくのです。


【参考サイト】

●経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~


ファイナンシャル・プランナー

石原 敬子

ライフプラン→マネープラン研究所 代表 ファイナンシャル・プランナー/CFP®認定者。1級ファイナンシャル・プランニング技能士。終活アドバイザー® 大学卒業後、証券会社に約13年勤務後、2003年にファイナンシャル・プランナーの個人事務所を開業。大学で専攻した心理学と開業後に学んだコーチングを駆使した対話が強み。個人相談、マネー座談会のコーディネイター、行動を起こさせるセミナーの講師、金融関連の執筆を行う。近著は「世界一わかりやすい 図解 金融用語」(秀和システム)。

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