下げとまらない実質賃金
厚生労働省は6月6日、4月の毎月勤労統計(速報値)を公表しました。同内容によると同月の実質賃金は前年比3.0%低下し、13カ月連続でマイナスを記録。マイナス幅も前月の2.3%から拡大しています。
グラフ 名目賃金と実質賃金の前年比推移(単位 %)
厚生労働省発表データよりDZHFR作成
2023年4月は速報値
現金給与総額、いわゆる名目賃金は同1.0%上昇しました。これで16カ月連続の上昇で、給与そのものが減少しているわけではありません。それなのに実質賃金が低下しているのは物価の上昇によるものです。
同月の消費者物価指数(CPI)が前年比4.1%と大幅に上昇。3月の3.8%からもプラス幅が拡大しました。さまざまなものが値上げされていく中で、物価上昇が企業の賃上げ分を上回る状態が続いていることが実質賃金の低下につながっているわけです。
個人的には4月以降、企業の賃上げ効果がもう少し出てくるかと期待していましたが、そこまでの押し上げ効果はありませんでした。事前の市場予想でも、少なくとも実質賃金のマイナス幅は前月から縮小するだろうと指摘されていましたので、そのうえでのマイナス幅拡大はインパクトがありました。
厚労省では、賃金改定が反映されるタイミングについて「実際に賃金として払い始めるのは5月や6月からという企業もある。徐々に今年の春闘の効果が反映されていくのではないか」と説明していますので、ここから実質賃金も改善が進む可能性はあります。しかし、賃金の上昇以上に物価高が進めば、それも難しくなることは先に述べた通りです。そして、春から夏にかけて、物価上昇の要因が複数あることが気がかりです。
相次ぎ終了する対インフレ補助金
1つは電気代料金です。火力発電に必要となるLNG価格などの高騰により、電気料金は大幅に上昇してきました。そのため政府は、2022年10月の臨時国会において「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」を閣議決定し、家計や企業に向けた負担軽減対策を実施することを決議。2023年1月分から電気代と都市ガス代金の負担軽減を行うために約3兆円の予算を計上し、国が値引き原資を事業者に補助することで実質的な値引きを行ってきました。この支援が2023年9月で終了となります。加えて、電力会社側では規制のために認められていなかった値上げについて、ようやく政府の許可が下りたことで、この6月から各社値上げを実施しています。
ガソリン価格についても、燃料油価格激変緩和対策事業として2022年1月から実施されていた補助金は、6月以降2週間ごとに補助率が引き下げられ、10月からなくなることになっています。
こうした要因により、消費者物価がさらに上昇すれば、名目賃金の上昇があったとしても、実質賃金の低下は続くことになりかねません。そうなると今度は賃金だけでなく日銀の金融政策にも影響を及ぼす可能性があります。
日銀は、賃金上昇を伴う形での2%物価目標の実現をめざしています。前提では今年度下期には消費者物価の上昇も落ち着き、実質賃金も前年比で上昇に転じる、という筋書きがあるようですが、かりに実質賃金の低下が今後も続くようであれば、シナリオの修正を求められるケースが出てくるかもしれません。
賃金の上昇を伴わないかたちで、コストプッシュ型のインフレが進むケースになったとき、日銀は現在の緩和策から舵を切り、引き締めを行うことができるのか。植田日銀総裁は「賃金より持続的・安定的な物価上昇2%を見込めるかで判断する」としていますが、マクロ経済に、そして株式市場にどのような影響が出るのか、正直なところ読み切れない部分も多いですが、不安が残ることは確かです。
このまま緩やかな物価と賃金の上昇を伴うかたちで、日銀の金融緩和政策を正常化し、出口戦略を進めることができるのか。今はその正念場と言えるかもしれません。