日本で金1グラムの店頭価格が1万円超え、その背景は?
日本で、金1グラムの店頭販売価格が8月29日に初めて1万円の大台を突破し、大盛り上がりとなりました。米ドル建て金先物価格が上昇に転じ、ドル円が147.36円と2022年11月以来の高値を更新するなかで、押し上げられた格好です。ドル円で1円上昇(円安)となれば、店頭価格をつれて70円値上がりするペースとされ、投資家にとってまさに「金の卵」と化しています。
ドル円が高止まりしている背景は日米金利差が主因とされますが、では、なぜ米ドル建て金先物価格が再び上昇しているのでしょうか?その理由として、米利上げ打ち止め観測に伴う米ドル高一服に加え、牽引役として新興国における米ドル依存の低下が挙げられます。
購買力平価ベースのGDPでG7超えのBRICS、新規に6カ国加盟
日本で金の店頭販売価格が1万円を超える前、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカを軸とするBRICS首脳会議が8月22~24日、開催されました。議長を務めた南アフリカのラマポーザ大統領は24日、会議の成果報告演説を行い、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)の6カ国がBRICSに新規加盟すると発表。手続きなどについて詳細は不明ながら、24年1月から、正式に迎えられるといいます。BRICSにとっては、参加国の拡大を通じ、世界での存在感を示す好機となるに違いありません。
新規に加盟する6カ国、特にサウジ、イラン、UAEの参加により、BRICS加盟国は世界の石油生産の50%以上を占めることになります。加えて、国際通貨基金(IMF)の試算によれば、物価の違いを考慮した購買力平価ベースの国内総生産(GDP)でみると、BRICSの5カ国が占める割合は2000年に主要7カ国(G7)を逆転し、2023年では32.1%、G7の29.9%。さらに、2028年にかけ、その差は広がる一方と予測されています。
チャート:G7とBRICS、世界に占めるGDPの割合、購買力平価ベース
BRICSペイ、SWIFTの代替決済手段になる?
そのBRICSでは今回、ヨハネスブルグ宣言を採択。そこでは「国境を越えた決済システムの相互連結を含む、決済インフラに関するBRICS加盟国の経験の共有を歓迎する。これにより、BRICS 諸国間の協力がさらに強化され、決済手段に関する対話がさらに促進されるものと確信する。BRICS加盟国間の貿易・投資の流れを促進するための決済手段に関する更なる対話を奨励する」と明記されてあります。
これは、米ドル依存の低下を目指し、貿易や金融取引における自国通貨使用と、それを可能とする決済システムでの協力を奨励することを意味すると捉えられます。ゴールドにとっては、中長期的に買い材料と言えるでしょう。
BRICSは2018年、分散型台帳を使った他通貨デジタル国際決済システム“BRICSペイ”計画を旗揚げしました。BRICSペイが実用化されれば、各国の金融機関やキャッスレス決済のシステムを繋ぐため、米国を始め西側諸国の制裁を逃れ貿易・取引が可能となります。BRICSペイのWebサイトでは、実際に決済を使用するデモ動画が公開されているなか、中国とブラジルの二国間で人民元決済を開始し、ロシアや仏石油大手トタルも人民元決済に取り組んでおり、このシステムの重要性は明らかです。
南アの財務相は、首脳会議中にBRICSペイについて「国際銀行間通信協会(SWIFT、国際銀行間の送金や決済に利用される安全なネットワーク等を提供する非営利法人)の代替手段ではない」と発言しました。しかし、ウクライナ侵攻後にSWIFTから締め出されたロシアを始め、BRICS加盟国にとってBRICSペイは頼みの綱となること必至です。
基軸通貨の寿命は100年?米ドル依存低下で輝きを増すゴールド
BRICSペイの計画が進行する裏側で、BRICS加盟国が基軸通貨である米ドル需要が低下し、代替の安全資産としてゴールドの存在感が増すとの見方が広がりつつあります。米ドル建て金先物は8月25日のジャクソンホール会議でのパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の講演後に8月31日まで4日続伸しましたが、一因にはBRICSの動きも一因との指摘が聞かれるほどです。
米ドル依存を低下させ、ゴールドを積み増す代表格は、世界の金需要1位をインドと争う中国です。人民銀行が8月7日発表した7月末の外貨準備のうち、金の保有量は6,869オンス、前月比23トン増(1.1%増)の2,137トンに相当し、9カ月連続で増加しています。2022年11月に金を積み増してから、188トン増えた格好です。外貨準備高は3兆2,043億ドルと、前年同月比3.2%増、前月比では0.4%増でした。年初来では5回目の増加となっています。
一方で、5月対米証券投資によれば、中国の米国債保有高は年初来で4回減少。中国は金の保有量を増やす半面、引き続き米ドルの保有高を低下させている姿を確認できたと言えます。
チャート:中国の外貨準備高に占める金保有高は9カ月連続で積み増し
ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が8月1日に発表した最新のレポートによれば、中央銀行の4~6月(Q2)の金需要は前年同期比35.2%減(前期比63.8%減)の102.9トンでした。ただし、これは主にトルコがQ2に金保有量を160トンも大量に減らしたため。トルコ・リラの下落を受け金地金の輸入が一時的に一部禁止された後、金の延べ棒やコイン、宝飾品への非常に強い需要を満たすべく、トルコの国内市場で売却されたことが背景にあります。
WGCによれば、中銀の金需要は引き続き旺盛です。5月発表時点で、今後1年間に金の保有高を積み増すとの回答は24%と、22年の25%を小幅に下回りつつ、高水準を維持していました。
チャート:5月時点での世界の中銀、1年先の金保有高見通しは「積み増し」と「横ばい」が多数派に
BRICS首脳会議に出席し、今回新たに加盟国のひとつとなったイランのライシ大統領は、このような言葉を残していますー「世界の基軸通貨の寿命は約100年とされる…米ドルはブレトン・ウッズ協定の一環として1944年に正式にその称号を得たが、1920年代との諸説があるにしても、米ドルの賞味期限は、その100年に近づいている」。こうした発言は、米国から経済制裁を受ける側なだけに、割り引く必要があります。とはいえ、BRICS諸国を始めとした新興国の米ドル離れが進むなら、代替資産が求められ、ゴールドが再び脚光を浴びる可能性は否定できません。