これまで、認知症などになった人の証券取引は、原則として証券会社が取引を停止し、売買ができない取扱いとなっていました。しかし高齢社会を迎え、事実上の口座凍結は現実的ではありません。
そこで日本証券業協会では検討を重ね、判断能力などが低下した顧客に対し、家族が代理となって証券取引ができるしくみを設けることとなりました。この「家族サポート証券口座」は、今後、証券会社が順次導入するようになるでしょう。
「家族サポート証券口座」の概要
家族サポート証券口座を使った代理取引は、本人が健常なうちに、信頼できる家族1名を代理人に定め、証券資産の管理・運用を任せるというものです。
どのように管理・運用するかを本人と家族代理人で話し合い、その方針を公正証書契約で結びます。代理人に任せる範囲は、「管理」のみか、「管理」に加えて「運用」までなのか、どちらかを選択します。
ここでの「管理」とは、家族代理人が代理権の範囲内で保有商品の売却・解約を判断し、本人名義の金融機関口座に出金することです。
「運用」では、本人の証券口座にある資産の範囲で運用(売買)を行います。運用を委任する場合は、あらかじめ本人・家族代理人が相談して運用方法を決めておきます。運用方法は、「現在本人が保有している商品分類の範囲」「商品分類を本人・家族代理人間で決定する」「家族代理人が商品分類を決定する」の中からの選択となります。
なお、信用取引、デリバティブ取引、複雑な仕組債・投資信託等は対象外です。証券会社によっては、対象商品が制限されることも考えられます。
家族サポート証券口座を開設するには、本人と家族代理人で公正証書を作成した後、証券会社に「公正証書契約書の写し」とともに「利用申込書兼家族代理人届」や必要書類を提出します。証券会社により、本人や家族代理人に対する面談が実施されるかもしれません。
現状では、判断能力が衰えた人の財産管理の方法として、民事信託の1つである「家族信託」や、成年後見等の制度があります。これらとの違いを【表】でご確認ください。
健常なうちは本人が取引
家族サポート証券口座で家族代理人になれる人は、国内に居住する配偶者、および成人の直系卑属(子や孫)です。ただし、該当する者がいなかったり、未成年の直系卑属しかいなかったりする場合は、本人の兄弟姉妹またはその子や孫である甥姪(成人に限る)となります。
証券会社に家族サポート証券口座の申込みをしても、本人が健常なうちは、引き続き本人による取引が可能です。
本人の判断能力が衰えたときに、家族代理人は本人に事前に知らせたうえで「代理取引開始届」を証券会社に提出します。証券会社は、本人に対して家族代理人から代理取引開始届の提出があった旨を通知し、家族代理人の本人確認を行い、問題がなければ家族サポート証券口座がスタートします。
代理人が家族サポート証券口座の資産を解約・売却した際、その代金は、証券会社が出金の目的を確認して本人名義の金融機関口座に出金します。本人名義以外の口座への振込や現金出金は認められません。取引報告書等の送付先は、家族代理人です。
家族代理人の責任と義務、終了について
証券取引には価格変動があり、将来の見通しも確実ではありません。任されたといえども、解約や売却の判断が難しい場面もあるでしょう。
ですが、家族代理人が代理権の範囲内で行った代理取引については、その取引で本人の資産に損害が発生したとしても、家族代理人はその賠償責任を負わなくてよいとされています。
一方で、家族代理人に課せられた義務として、取引口座内の資産について、善良な管理者として注意をもって管理しなければなりません。 また、家族代理人自身の利益のために、本人の利益を毀損してはならないとされています。
証券会社は、代理取引の際、家族代理人が代理権の範囲を超えていないかなどを確認します。
また、家族サポート証券口座には期限がありません。ただし、次のようなときには停止または終了となります。
本人と家族代理人の間で信頼関係が失われた場合や、代理取引でトラブル等が発生した場合、代理人が自らの利益のために本人の利益を毀損したなど代理権を濫用した場合などです。証券会社が状況を判断し、家族サポート証券口座の利用の停止または終了させることができます。
なお、本人または家族代理人が死亡した場合には、家族サポート証券口座は終了します。本人が成年後見等の審判を受けることになれば、法定後見等の別の制度による扱いとなります。
【参考サイト】
「家族サポート証券口座 制度要綱」(2025年2月)』(日本証券業協会)