パウエルFRB議長、インフレ抑制は「痛みをもたらす」
パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が行った8月26日のジャクソン・ホール講演は、新たな歴史を刻みました。
”金融政策と物価安定”と題した講演は、全体的に足元のFed当局者の発言と大差ない内容ながら、7月FOMC後の会見で利上げ幅縮小を示唆したハト派トーンを後退させ、2023年の利下げ転換期待に冷や水を浴びせた結果、ダウは1,008ドル安も急落。その後も、米株相場を押し下げたものです。注目の講演内容のポイントは、以下の通り。
・物価安定はFedの責務であり、経済の基盤として機能している。物価の安定なくして、経済は誰のためにも機能しない。特に、物価の安定がなければ、すべての人に恩恵をもたらす強力な労働市場の状況を持続的に実現することはできない。
・インフレ鈍化には、トレンドを下回る成長率の継続が必要となる公算が大きい。さらに、労働市場の状況も軟化する可能性が非常に高い。
・金利の上昇、成長の鈍化、労働市場の軟化はインフレ率を低下させる一方で、家計や企業に何らかの痛みをもたらすだろう。これらはインフレを抑制するための不幸な負担となるが、物価の安定を取り戻せなければ一段と大きな痛みに直面しうる。
・7月FOMCでの利上げは目標レンジの引き上げは、足元で2回目の75bpの引き上げであり、その際に次回の会合でも異例の大幅な引き上げが適切である可能性があると伝えた。
・9月FOMCでの我々の判断は、入手するデータおよび進展する見通しを総合的に判断することになる。
・金融政策姿勢が一段と引き締まるにつれ、ある時点で利上げペースをゆるめることが適切となる可能性が高い。
・物価安定を回復する上で、当面の間、引き締め寄りの政策が必要となりそうだ。
・過去の記録は、早まった政策緩和を強く戒めている。6月FOMCで示された委員会参加者の最新 のFF金利見通し・中央値では、2023年末に4%をやや下回る水準にある。参加者は9月の会合で予想を更新する予定だ。
チャート:6月FOMCの経済・金利見通しとドットチャート
・我々は金融政策を検討し決定する上で、1970年代と1980年代の高水準で不安定なインフレ動向のほか、過去四半世紀の低インフレの両方から学んだことを基礎とし、特に3つの重要な教訓を活用している。
①Fedは低位で安定したインフレを実現する責任を負うことができ、またそうすべきということだ。
あ→供給が追い付く水準まで需要を鈍化させるべく、コミットしていく。
②将来のインフレに対する国民の期待は、長期的なインフレ経路を設定する上で重要な役割を果たす可能性がある。
あ→1970年代、物価高を受け人々のインフレ期待は上昇し、賃金や価格決定に影響を及ぼしただ
けに、そのような事態を回避する必要あり(合理的不注意=rational inattentionに言及、物価高の局面で世間の注目を集めやすいが、物価が鈍化すれば関心が低下する)。
③やり遂げるまで、やり続けなければならない
→ボルカーFRB議長が1980年代に積極的な利上げで物価高騰の抑制に成功したが、当時は1970年代に物価高の抑制に失敗を受けたもので、その結果、当時は大幅に引き締め寄りの政策を講じる必要があった。我々は決意をもって、そのような結果を回避していく。
ハト派の代表格、ミネアポリス連銀総裁はタカ派へ180度転換
とどめを刺すかのようにハト派の代表格とみられていたミネアポリス連銀のカシュカリ総裁が8月29日、インフレ抑制への決意を市場が受け止めた証左として、米株安をめぐり「満足(happy)」と言及。パウエル氏の講演に援護射撃を送りました。同総裁は、ジャクソン・ホール会合前の8月10日、2023年末のFF金利誘導目標につき「4.4%を見込む」と述べていたのですよ。この数字は、ドットチャートをみると2023年末見通しの最高点で、ハト派からタカ派に180度転換したことが分かります。
一連の内容を受け、FF先物市場では9月20~21日開催での0.75%利上げ織り込み度が8月31日時点で72%と、8月26日で一旦ピークアウトしつつ優勢な状況です。
チャート:9月FOMC、0.75%利上げ織り込み度は72%
2023年以降のFF先物動向をみると、見事に利下げ転換予想が霧散しています。米6月CPI発表後に100bp利上げ観測が浮上すると共に景気後退懸念が強まった7月には、23年3月の利下げすら織り込んでいましたが、足元はご覧の通り、少なくとも23年7月まで利下げ転換を予想していません。むしろ、5月以降はFF金利を4.0~4.25%へ引き上げる見方も浮上しつつあります。
チャート:23年7月まで、少なくとも据え置きを予想
学生ローン返済免除、インフレ圧力となるリスクも
一つ考えられるのは、8月に矢継ぎ早に成立した法案とバイデン政権の政策が挙げられます。8月には、インフレ抑制法が成立しましたが、ここにはメディケア(高齢者向け医療保険)改革が含まれます。2023年から段階的に負担が軽減され、2025年には自己負担の上限が2,000ドルに下がり、2018年の平均の6,168ドルの約3分の1となるのですよ。メディケア加入年齢の65歳以上の人口が2021年時点で16.5%と年々へ増えるなか、長期的に需要を下支えしてもおかしくありません、
何より、バイデン政権はかねてから噂されていた通り、8月24日に年収12.5万ドル(夫婦で25万ドル)以下を対象に学生ローン返済免除を決定しました。
非営利団体“責任ある連邦予算委員会(CRFB)”によれば、連邦政府は返済免除にあたり4,000億~6,000億ドルを負担するといいます。また、「個人消費支出(PCE)価格指数を0.15%押し上げる」のだとか。ヘリテージ財団も、学生ローン返済免除のコストに着目した上で、インフレ抑制法の10年間の財政赤字削減額である約3,000億ドルを上回ると指摘。学生ローン返済免除により、今後10年に及ぶ財政赤字削減の努力が水泡に帰し、インフレ圧力を高めかねないと主張します。さらに、学生ローン返済免除により、労働市場が一段とひっ迫するリスクに警鐘を鳴らしていました。米7月雇用統計を振り返ると、労働参加率は62.1%と年初来で最低でしたが、若い世代が押し下げたためです。働き盛り世代の男性25~54歳は88.4%と前月比横ばいだった一方で、25~34歳は88.2%と6ヵ月ぶりの低水準でした。そこへきて、学生ローン返済免除となれば、労働市場への復帰がしばらく遠のきかねません。
チャート:足元で若い世代を中心に、労働参加率は低下
一方で、学生ローン返済免除が年末までに時限措置のため、2023年以降の返済再開を含めた中長期的な効果は極めて限定的との声も聞かれます。ただ、Fed高官の発言からは、そのような楽観的な認識は感じられません。