テンセントはAIで勝つ、大規模モデル「混元」を開発

AIは主力事業の中核、資金と人材を重点配分

前回のコラムで、テンセント(00700)の今後の成長を支えるのは人工知能(AI)だと書きました。実際、同社は近年、AIを用いた既存事業の強化とAIを新規事業の立ち上げに資金と人材を厚く配分しています。2024年の資本的支出(CAPEX)はサーバーやネットワークなどITインフラへの設備投資が増えたことで767億6000万元に達し、前年の238億9300万元を大幅に上回りました。経営陣は2024年12月期財務報告で、AI関連の資本的支出をさらに増やすと述べています。


AI研究開発の拡充も目を引きます。2024年10-12月期の一般管理費はAI関連の研究開発費と減価償却費の増加により、前年同期比16%増えました。2025年4-6月期もAI関連研究開発が一般管理費を押し上げており、経営陣は決算報告の中で、AIへの投資と研究開発、自社AI製品のマーケティングを強化した上、AI担当チームを再編したと説明しています。テンセントの創業者である馬化騰(ポニー・マー)会長兼最高経営責任者(CEO)は、AIを「広告の成長持続性、ゲーム寿命の延長、新しい消費者向けアプリ・企業向けサービスの基盤」と位置付け、主力事業の中核に据える戦略を明らかにしています。


基盤モデルから内製、AIアシスタントを投入

すでにAIはテンセントの収益に寄与し始めています。2024年通期と2025年上半期の財務報告で、経営陣は広告収入がAIを使った最適によって伸びたと述べました。またゲーム事業部門ではAIをコンテンツ制作の効率化に用い、ゲーム内キャラクターの挙動を改善した上、ユーザー獲得の施策にまで応用することで国内外でゲーム収益の拡大につなげました。対話アプリ「微信(WeChat)」にも検索や要約、オンラインショップの応対自動化などのAI機能を実装しました。


ただ、こうしたAI活用はテンセントのみならず世界中のインターネットサービス企業がこぞって掲げる経営戦略です。競争優位を確立するには、革新的な技術を他社に先んじて保有し、自社が勝てる分野に素早く応用していく必要があります。技術開発と応用の両面で、深さとスピードの両立を求められるわけです。この課題に取り組むには、優れたAI基盤モデルを開発した企業を物色し、資本提携や買収により傘下に収める方法もあるでしょう。実際、テンセントはゲーム分野では買収・出資という戦術を多用してきました。


しかしAIについては、同社は基盤である大規模モデルから内製する戦略をとりました。独自開発した「混元(Hunyuan)」シリーズは幅広い分野で自然言語を理解し、高い推論能力、文章や画像、動画などを生成できるマルチモーダル対応のモデルとされています。「混元」をベースに開発されたAIアシスタントアプリが「元宝(Yuanbao)」です。2024年5月に公開され、2025年3月には中国で最もダウンロード件数が多いiPhoneアプリとなりました。文章作成や翻訳、コード生成、画像編集、検索、文書の読み取りと要約、音声チャット、画像認識、SNS連携など、多岐にわたる機能を備えています。


「混元」公式サイトに紹介された生成画像の例


ひしめくライバル、気になる行政リスク

テンセンはAIを中核とする成長戦略を着々と実施していますが、リスクはあります。前述した通り、似通ったAI戦略をとっている競合各社に勝たねばなりません。例えば、アリババ集団(09988)は大規模モデルの「通義千問(Qwen)」と同モデルシリーズを基盤とする各種アプリ・ツールを提供しています。今年9月8日には「通義千問」の最新版「Qwen3-Max-Preview」を公開しました。百度(09888)も大規模モデル「文心(ERNIE)」や生成アプリ「文心一言(ERNIE Bot)」を展開しています。


いずれも、大規模モデルを基に生活や仕事に役立つアプリと、開発者向けAPI環境を提供するという布陣はテンセントと同様です。さらに、中国だけでも科大訊飛(002230)や字節跳動(バイトダンス)や科大訊飛(星火)、智譜(Zhipu AI)も、華為技術(ファーウェイ)などが自前の大規模モデルを開発しています。こうした大規模モデルを基に、人間の業務を代替する優秀なAIエージェントが開発されれば、近い将来に既存のインターネットサービスは時代遅れにしてしまうかもしれません。中国の業界大手であるテンセントといえども、AI活用で後れをとれば、市場での優位を失うリスクがあるわけです。


投資家が特に注意を払うべきリスクがもう一つあります。AIに対する当局の監督です。中国政府はAIを駆使するスマートエコノミーを重要な成長の柱とする国策を掲げていますが、同時に国情にそった規制も導入しています。例えば、以前にご紹介した通り、中国で生成AIのサービスを提供するには、「生成式AIサービス管理暫行弁法」に従って事前にアルゴリズムを登録し、当局の安全審査を受けなくてはなりません。2023年に施行された同法には、「国家の安全と社会の公共利益の保護」を目的に「社会主義核心価値観を堅持する」との規定が盛り込まれています。この連載の次回で、こうした行政リスクについて解説する予定です。

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

村山 広介の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております