中国株、あのテーマはどうなった?

第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか

大規模言語モデルの承認第1弾、百度やセンスタイムなど8社

中国で一般の人々がインターネットを通じて利用できる生成人工知能(AI)サービスの第1弾が出そろいました。中国メディアによると、当局が8月31日、一般向けのサービス提供を承認した大規模言語モデル(LLM)のリストを公表しました。


リストに入ったのは、百度(バイドゥ)、字節跳動(バイトダンス)、センスタイム、中国科学院傘下の紫東太初、北京百川智能科技、北京智譜華章科技(智譜AI)、MiniMax、上海人工智能実験室の8つの企業・機関のLLMです。百度は同日、LLMを使った対話AIサービス「文心一言」を全社会に向けて開放したと発表。スマートフォンのアプリショップからダウンロードしたり、文心一言の公式サイトに登録したりして使用できるようにしました。同日にセンスタイムは自社LLM「日日新(SenseNova)」をベースとする自然言語処理アプリ「商量SenseChat」を一般ユーザー向けに開放し、百川智能も一般向けサービスを開始しました。


中国では、米オープンAIが2022年11月に公開した「ChatGPT」に対抗できる独自の生成AIを創り出そうと、多くの企業や研究機関がLLMに取り組んでおり、さながら「戦国時代」(『香港経済日報』)の様相といいます。今回、当局からお墨付きを得た形の8社は、中国市場を制する戦いで一歩先んじたと言ってよいでしょう。利用者から大量のフィードバックを取り入れてサービスをアップグレードしていけば、競争力をいっそう高められるからです。


国内サービス提供は「管理暫行弁法」準拠が前提

中国で一般向けに生成AIサービスを提供するには、8月15日に施行した「生成式AIサービス管理暫行弁法」の審査を通過する必要があります。つまり今回認定を受けた8社のLLMは同法が定める監督基準に準拠していると認められたわけです。これにより、百度やセンスタイムなどの中国企業は国内AI市場を巡る競争で、オープンAIや同社と資本・業務提携する米マイクロソフト、さらに生成AI「Bard」を提供する米グーグルなどより有利になりました。


「生成式AIサービス管理暫行弁法」には、「国家の安全と社会の公共利益を守る」として「社会主義核心価値観を堅持する」との順守規定が盛り込まれています。生成AIのサービスを中国で提供するには、同法に従って事前にアルゴリズムを登録し、当局の安全審査を受けなくてはなりません。海外企業にとっては事実上の参入障壁になりそうです。一方、中国企業は強大な外資との闘いで消耗する心配をせずに済むわけです。



中国当局のお墨付き、海外ではくびきに

ただし、この強みは海外市場では弱みに反転しそうです。「生成式AIサービス管理暫行弁法」に基づく審査を通過したLLMは、欧米などでは「中国指導部が掲げる価値観を学習済み」とみなされかねません。AIは非常に有望であると同時に、社会で議論を巻き起こし、物議をかもしそうな技術です。すでに欧州連合(EU)は生成AIの利用段階まで規制する法整備を進めています。一方、米国政府は開発企業による自主規制に法的強制力を与えるアプローチをとるようです。


手法は異なりますが、専断的な国家権力の支配を排斥し、権力を法で拘束する意味での「法の支配」を尊重する責務をAIにも担わせるという点は共通します。こうした枠組みの下にある海外市場に、「生成式AIサービス管理暫行弁法」で合格とされた中国製LLMが適合できるかは不透明です。



追加承認の候補はアリババ、科大訊飛など

ともあれ、中国の株式市場では、一般向け生成AIサービスの認可を受けた百度とセンスタイムが注目を集めています。どちらも香港に上場されており、ハンセンテック指数の構成銘柄です。半面、後塵を拝する形になった他社の有力なLLMの今後が気になるところ。香港上場のアリババ集団の「通義千問」、上海上場の三六零安全科技の「360智能」、深セン上場の科大訊飛(アイフライテック)の「訊飛星火」が承認第1弾リストから漏れています。中国メディア『科創板日報』は8月31日、事情に詳しい関係者の話として、第1弾リストを皮切りに、生成AIサービスが今後続々と消費者向けに開放されていく見通しだと伝えました。


この連載の一覧
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
【中国株、あのテーマはどうなった?】第13回「国産旅客機」苦節15年、来春にも商業運航へ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第12回「マカオのカジノ免許」既存6社が順当に当選、勝負はカジノ場外へ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第11回「国産化粧品」Z世代の愛が支え、ネット活用で海外ブランドと勝負
【中国株、あのテーマはどうなった?】第10回「リチウムイオン電池」大成功の代償?EV大国を悩ませるサプライチェーンのひずみ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第9回「サッカーW杯」開幕前に勝負は決まる!?冬の陣でもビールが主役
【中国株、あのテーマはどうなった?】第8回「国有企業改革」(その2) 習近平氏の旗振りで「より強く、より優れ、より大きく」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第7回「国有企業改革」(その1)
【中国株、あのテーマはどうなった?】第6回「半導体の国産化」(その2) 断裂する半導体の世界、米中が相互排除
【中国株、あのテーマはどうなった?】第5回「半導体の国産化」(その1) 国策を脅かす前門の米国、後門の腐敗
【中国株、あのテーマはどうなった?】第4回 ハイテク全部乗せの経済政策「新型インフラ」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第3回 香港に取って代わるか、海南島「自由貿易港」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第2回 株式市場となじみきれない「軍民融合」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

村山 広介の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております