テンセントが直面するリスク、米中AI規制で板挟みか

テンセント自身が認識する「政策リスク」

 

前回のコラムでは、テンセント(00700)について投資家が留意すべきリスクとして、人工知能(AI)規制などの政策措置を挙げました。テンセントが2024年12月期の財務報告書のなかで列挙した事業上のリスクは次の通りです。

 

  • 中国における業務に関する政策・法律の不確実性
  • インターネットインフラや通信ネットワークを中国の国有事業者に依存
  • データ保護、サイバーセキュリティー、個人情報保護関連法規の変更・不透明性
  • 変動持ち分事業体(VIE)に関する法規の変更による契約履行可能性の不確定性
  • 海外の証券市場における監査ルールに関連する規制

 

こうしたリスクは、ハイテクや知的財産権(IP)、データ保護を巡る中国と米国の対立が先鋭化すれば、米中の双方で顕在化する可能性が高まります。テンセントは独自の大規模言語モデルとAIアシスタントを展開し、大量のユーザー情報を取得・蓄積していますから、中国指導部からみて必ず統制下に置くべきインターネットプラットフォーム企業です。一方で米政権から、中国政府との強い結びつきを武器に米国の技術優位と安全保障を揺るがす中国企業とみなされかねません。

 

米国防総省が「中国軍事企業」に指定

 

実際、米国防総省は2025年1月、テンセントを「中国軍事企業リスト(Chinese Military Companies List:CMC)」に追加しました。同リストへの収載は、中国の人民解放軍と協力関係にあるとみなされたことを意味します。ただ、加盟企業は米国政府による国防関連の調達から排除されますが、一般的なビジネスの取引や貿易、投資への制限はありません。テンセントと同時に車載電池最大手のCATL(03750)もCMCに指定されています。

 

米国防総省はテンセントのCMC指定について、「軍民融合戦略に関与している可能性がある」と説明しましたが、裏付けとなる具体的な証拠は明示していません。「軍民融合」とは経済や科学技術、教育、人材など幅広い領域で人民解放軍と民間企業の融合を推進し、軍の近代化と経済成長の達成を目指す国策で、習近平国家主席が2015年に発展戦略の実施を宣言しました。テンセントはCMC指定を受けた直後、「当社は中国軍事企業ではなく、中国の国防産業に貢献する軍民融合企業でもない」と反論し、見直しを求める手続きに入ると表明しています。

 

 

AI開発がはらむ政策リスク

 

テンセントを含めた中国テック大手にとって、最も警戒すべきシナリオはAIを巡る米中対立の深刻化でしょう。AIの研究開発と応用開拓は絶対に外せない経営上の勝ち筋ですが、同時に大きな政策リスクにつながる恐れがあります。

 

中国政府は2030年にAI技術で世界のトップとなる国家戦略目標を掲げています。中国の台頭を阻みたい米国は貿易、投資、技術移転を制限する措置を繰り出していますが、中国もAIモデル開発はもちろん、基盤インフラとなる半導体やデータセンターの国産化を進め、米国に依存しないサプライチェーンの確立へ向けて手を打っています。

 

中国は米オープンAI製「Chat GPT」などの海外製AIに使用を制限し、国家主導でAIが生成するコンテンツを統制しています。並行して、自国のAIモデルや半導体開発に力を入れる方針です。中国の李強首相は、2025年7月に上海で開いた第8回世界人工知能会議(WAIC)で、AIでの国際協力を促進する組織の設立を提案し、技術開発と安全保障で各国が協調するよう呼びかけました。AIが一部の国や企業にとって「独占ゲーム」になりかねないと警告し、半導体の供給不足や人材交流の制限などが課題だと述べています。名指しこそしていませんが、念頭にあるのは米国による技術輸出規制への対抗でしょう。


 

米中対立のはざまで直面する経営課題


同月に、米国側はAI競争力の強化に向けた包括的戦略「AIアクションプラン」を公表しています。バイデン前政権はAI開発に一定の歯止めをかける規制を導入しましたが、トランプ政権はこうした規制を緩め、企業の技術開発とインフラ投資を後押しする戦略です。トランプ氏はAI技術の輸出を促進する大統領令にも署名し、先端技術を同盟国に売り込んでいく姿勢を明らかにしました。

 

この状況はテンセントにとってもろ刃の剣でしょう。中国の国産化政策を追い風に、海外大手との競合にさらされずに(国内の競争は激烈ですが)広大な中国市場を開拓できる半面、せっかく開発したAIサービスの商圏が中国のエコシステム内に限定されかねません。

 

この板挟み状況は、テンセントを含む中国テック企業が共通して直面しそうな課題です。次回のコラムでは、テンセント並ぶインターネットプラットフォームとなっているアリババ集団(09988)のAI戦略を取り上げたいと思います。

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

村山 広介の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております