正月恒例のスポーツといえば箱根駅伝です。箱根駅伝をテレビで見るときに、何度となく放送されるCMがサッポロビールです。昔、「サッポロビールは広告費の1/3を箱根駅伝に投入している」とも噂されました(真偽のほどはわかりませんが)。そのサッポロビールが、ビール会社に「戻ろうと」しています。ビールと名の付く企業がビール会社に戻る。どういうことなのでしょうか。
サッポロHDが不動産事業をファンドに売却
アサヒビール・キリンビール・サントリーと各ビールメーカーが本業に集中するなかで、サッポロビールは異色の存在です。東京・恵比寿の「ガーデンプレイス」をはじめとした不動産資産を数多く有しており、不動産事業は同社の稼ぎ頭でもあります。陰ではサッポロビールならぬ「サッポロビル」と揶揄されることも多くありました。筆者は北海道出身で、実家のある街には大きなサッポロビールの工場があります。古くからの街のシンボルであり、成人になってからの記念日には食卓にて、今も昔も存在感を示す企業です。
今回、サッポロHDは傘下のサッポロ不動産開発の全株式を、アメリカの投資ファンドなどに売却します。売却は2029年までに段階的に進み、譲渡価格は4770億円と報じられています。サッポロHDは恵比寿の土地の一部を除き、大半を手放すことになります。
売却益はビール事業に投資
事業発展のなかで祖業を離れた会社は数多くあります。代表的なのが富士フィルムとDHCではないでしょうか。前者は社名の通りカメラフィルムの会社として成長しましたが、その技術を活かして医療関係やバイオ領域に進出しました。後者のDHCは「大学翻訳センター」の略であり、翻訳事業で創業していますが、100人に聞いたら全員が「サプリの会社ですよね」と回答するでしょう。事業成長をするために、時に祖業を「捨てる」ことは英断と評価され、会社を次世代に繋げます。
サッポロビールも揶揄こそされていたものの、不動産事業への注力は株主および社会から支持され、認められているように見えます。また所有する不動産が祖業の地である恵比寿、社名に掲げるサッポロの土地や建物が多いことも、事業ブランドの構築に繋がっていました。
そのなかでビール事業に「戻る」のはなぜでしょうか。現在、サッポロビールは業界3位のキリン(HD)に事業利益で10倍近い差をつけられていることから、今後の需要が見込まれる若年層へのビール需要や海外展開が期待されます。

酒税法改正の控えるビール業界
筆者は本メディアで、2025年10月に「『金麦』のビール化と酒税法」という記事を上梓しました。サッポロビールに先行するサントリーHDは、これまで第三のビール(ビール系飲料)として展開してきた金麦シリーズを、2026年10月からビールとしてリブランディングすると発表しています。
背景にあるのが酒税法の改正です。平成30(2018)年に改正された酒税法にもとづき、令和8(2026)年10月までに段階的に酒税法が変わることになりました。ビール・発泡酒・新ジャンルの3種類は、以下のように変わります。
(ビール系飲料の適用税率※350mlあたり)

出典:財務省 酒税改正をもとに筆者作成
この記事のなかで、筆者は「サントリーに続くリブランディングとして、『麦とホップ/ゴールドスター』のブランドを有するサッポロには注目」と書きました。今回の不動産の売却益がどのような用途で使用されるかの詳細は明らかになっていませんが、サッポロHDにとって大勝負であることは間違いありません。
土地評価の高まる地域を手放しての大勝負
サッポロHDが多く土地を有するのは、東京の恵比寿や北海道の札幌です。恵比寿はもちろんのこと、札幌市は北海道新幹線の延線を前提に、再開発が進んでいます。当然ながら土地価格も高騰し、不動産の視点から見れば、なぜこのタイミングでサッポロビルを転換するのか?といった疑問を浮かぶ意思決定です。
現時点では、サッポロビールがなぜ祖業への集中を選択したのか、主たる背景はわかりません。所有する上物(建物)の老朽化を指摘する声もありますが、高騰する土地価格を考えると、不動産資産の再編成で充分に解決できるものです。

今回の発表を受け、サッポロHDの日足は一時800円超えと、大きく上昇しました。2029年までに約4年をかけての長期的再編とはいえ、日足の上昇に期待感の高さを感じます。先行3社は強敵です。また若年層への商品開発とはいえ、ビール離れは深刻で、壁の高さも誰もが認めるものです。そのなかで「祖業への回帰」を貫き、発表までこぎつけた同社の覚悟を踏まえて、これからの発展に期待したいと思います。



